第12話

第十二章(戦い〜その壱)


【本文】

 羅都鬼にまたがるるふたりの人影、捨丸とそれにおぶさった秀頼である。

 おぶさったとはいっても馬にまたがってはおり、落ちないようくくりつけているといったほうが正しいかもしれない。

 はじめての長時間乗馬であり、予はかなり参ってきていた。

 「尻が痛いではないか、地獄じゃ!」

 「秀頼様、今しばらくのご辛抱を。もう少ししたら、休息をとらせまする」

 「気にするな、ただのボヤキじゃ。

 たとえ、予の足腰が立たなくなろうと、停めてはいかん!

 なにがなんでも一刻もはやく関が原に行くのじゃ。

 遅れておる。休む暇などないぞ。夜まですすむのじゃ」

 「はっ!おおせのままに」

 そして、地獄の行進は続く。

 この道とゆうのが現代人の目でみるとなんとも貧弱で、幅3メートルくらいしかない。

 土のでこぼこ道であり、子供の頃、遊んだ山中の林道にそっくりである。

 なつかしいのう、この光景は……

 昔、よく遊びに行った祖父の家の周りの景色に似てるのう。 

 あそこも相当な田舎だったからなあ……

 近所で捕れたいのしし、ステーキで食ったら美味かったっけ。 

 そうじゃ、一段落したら、いのししを捕って食うぞよ。

 爺ちゃんちのの田舎には、山間やまあいに、これとそっくりの道がたくさんあったなあ……

 両側には、ちっちゃい田んぼや雑木林が広がっている。

 小川の近くには、田んぼが必ずあるのう。

 灌漑技術の未発達のため、利用されてない雑木林もたくさんある様だ、まだまだ開発の余地がある。

 などと、痛みをまぎらわすため、予は、何時の間にかひとりごとを言ってたようだ。

 「さようでござるか、ためになり申した。

 かんがいとゆうものを持ってくれば、田んぼは広くなるのでござるな。

 ところで、かんがいとはどのような物でございまするか?」

 突然の問いにあわてた秀頼、思わず言ってしまった。

 「おぬしにはわからんと思うよ」

 そこでタイミングよく、羅都鬼の声。

 「ブヒヒン!」

 「はあ、さもありなん」

 捨丸すっかりしょげてしまった。

 しまった!

 この大事の時にこの男を引き下げてどうする。

 予はバカだ、大バカだ!あわててフォローする。

 「なに、予もわからん。予の手習いの師匠の受け売りじゃ」 

 「そ、そうでござるか、考えてみたら、拙者のような武辺者には必要ござらん。秀頼さまのような人に必要なことでござるな」

 捨丸、単純、すっかり気分を直した模様、愛すべき男である。

 それにくらべて予はどうだ?

 自分が死にたくないため、こんなに多くの人を利用している。

 そんな風に内省しとると、内側から『今さら、なんだ!ばーか』という声が聞こえた気がした。

 お拾いの声かな?いや、オレの内なる声かな?

 もう、どちらだかわからんのう。

 オレとおひろいは同化してきてるからのう。

 今、予は予としてしか考えられなくなってきている。

 そして豊臣家の惣領そうりょうとしての責任感、誇りがふつふつとわいてくる。

 家康何するものぞ!ぶっ潰してやるという気分なのだ。

 まあ、それもよかろう。 

 どうせ元の世界に帰れはしない。

 秀頼として頑張らなければ、消滅てしまう。

 それだけは嫌だ、今度こそ、何が何でも生き抜いてやる。

 とにかく関が原の戦いに参加できれば、いや豊臣秀頼が顔を出すだけで勝てるはずだ。

 少なくとも、負けはしまい、予がおるでな……

 戦場で、福島正則をこちらに引き込めばよい。

 やつがやる気をなくせば、史実通りなら、東軍はガタガタのはず。

 石田三成に、前もって知らせるべきだったかな?

 予を守る親衛隊の編成で忘れておった。

 いや、忘れていたというより、西軍には家康と通じておるスパイがいっぱい居たからしなかった、ということにしとこう。

 とにかく急がなければのう。

 しかし間に合うのか?この時代の物事の進み方というか、スピードがわからん。

 この時代、なんでも結構、のんびりしとるからのう。

 関が原の戦いは、いつ始まるのか?

 もうすぐだろうということしかわからんのう。

 とにかく軍勢は進む……。

 予は尻がいたい!今のところ、いちばんの悩みぞ。

 *  *  *

 前方でなにやら騒ぎが起こってきている。

 「なにごとぞ?」

 予が問うと、捨丸の声が鎧を通じ、くぐもって聞こえた。

 「物見のものが帰ってきたのでござろう」

 「ふむ、そうか」

 「は」

 「輝元から知らせが来るまで待たずばなるまい」

 「いそうろう部隊の辛いところよのう?」

 「は」

 予はグチグチ言っていた。

 男らしくないのが予の特徴である。

 しかし、英雄は(予は英雄か?)すべからく男らしくはないのだ。

 表向き、カッコつけてるだけで、内実はこんなもんである。

 自分で自分に、自己弁護していると、騎馬武者が、一騎、駆けつけてきた。

 「秀頼さまに申し上げます!」

 なるべく穏やかな顔を作って答えた。

 「なにごとでござろうかな?」

 「関が原で、戦いが始まった模様と物見が伝えてきており申す」

 しまった!遅れたか!

 焦りを必死に押し隠し聞いた。

 「それで、勝敗はもう決まったのか?」

 「それは不明でござる、これにてごめん!」

 武者はそう言うと駆け去っていった。

 「これより、いかがされますか?」

 捨丸が不安そうに聞いてきた。

 「知れたこと。なにがなんでも前進あるのみ」

 「ただな、あのへたれの輝元のことよ。

 きっとここから引き返すと言うにきまっとる」

 「いかになだめすかして進めさせるかじゃ」

 予は甲高い子供の声で、声にそぐわないことを言った。

 「は、拙者、何をすればよろしいでしょうか?」

 「わが部隊をまとめておいてくれ。最悪、我等だけでいく」

 「はっ!」

 捨丸、勢いこんで言った。

 「捨、皆を休ませよ。弁当を使わせよ。どうせしばらくは動かんぞ」

 捨丸、予に一礼して、大声を出した。

 「皆、休め!弁当をつかえ!」

 そばの大声に、耳がビリビリしたが、まあ、よい。

 皆、道にしゃがんだり、腰掛けたりして弁当を食べ始めた。

 我らも羅都鬼をおりて、弁当にすることにした。

 うー、しりが痛い。立ったまま休むことにする。

 それに座り込んだら、一人ではおきられぬ。

 わが兵どもに弱音はみせられぬ。

 急作りの部隊だ、みえを張らねばならぬ。

 さて、弁当である。

 干飯ほしいいとみそ、それだけである。

 炊いたご飯を天日干ししたものだ。

 みそを干飯になすりつけて食うのである。

 それを食う。黙々と食う。

 現代人と若様の混じった予にはまずい。

 しかし、周りの兵たちはうれしそうに食っおてる。

 彼らにとっては結構ご馳走のようだ。

 我らの姿をみた毛利勢もあっちこっち飯を食い始めた。

 そして、輝元からは何の連絡もなくときは過ぎていく。

 一刻(約一時間)が過ぎた。

 もう、待てん!

 「捨、輝元の元へいくぞ!」

 「はっ」

 「後はたのむぞ、何かあったらすぐに駆けつけてくれ」

 鉄砲隊の頭、雑賀孫一に頼むと、再び馬上の二人となった。

 われらは単騎、毛利勢の中を進んでいった。

 「どけどけ!秀頼様のお通りじゃ!」

 捨丸は、大声をあげながら、羅都鬼で兵をかき分けて進む。

 毛利兵は怪物のような馬と高貴な人のダブルパンチで、あわてて道をあける。

 たった二間(けん)、約三、5メートル位の道の両側に兵が並び、真ん中を進む。

 うむ、いい気持ちじゃ。これがあるから大将はやめられぬの。

 輝元は側近のものと共に、馬を降りていた。

 われらが近づいていくと、立ち上がり、迎えて言った。

 「これはこれは、秀頼様、どうされました?」

 こいつ、とぼけて誤魔化すつもりだな。

 「早く行かぬと戦が終わってしまいますぞ。

 天下の毛利輝元どのは臆されたか?と言われましょうぞ」

 「これはしたり。もともと拙者は後見人として大坂城におらねばならぬ」

 今になってそう言う事をいうか!この阿呆め。

 すこし脅かさねばならんのう。

 「もう、大坂城を出て、出陣しておるのじゃぞ」

 「あと何里かで関が原に着こうというに」

 「もはや、家康に申し開きはできんぞ、輝元どの。

 このまま手をこまねいていれば、家康の狸に化かされて領土を失うのは必定」

 「う、うーむ」

 あわてた輝元、側近の者となにやら相談はじめた。

 独りで決めろ、阿呆!と思いながら、予はおんぶされたまま、馬上にて待つ。

 その時、前方で喚声があがった。

 道の向こうより、多数の人影が近づいてくる。

 誰何すいかする毛利勢の声。

 「いずこのものどもぞ!」

 「宇喜多うきたのものどもにござる!」

 「負けもうした。東軍が追ってござる」

 「通らせたまえ」

 そう言うと落ち武者の群れは通り抜けようとした。

 「待て、待て!」

 そう言うと毛利勢は落武者どもを押しとどめた。

 「殿、いかがいたしましょうか?」

 「通してやれ」

 輝元は言った。

 「待たれよ。我らこれより東軍を押し戻す!

 われらに加わり汚名をそそぐが良い。

 予が豊臣の羽柴秀頼である!」

 予が馬上より言った。

 落武者ども、いや宇喜多のものたちは、狂喜乱舞した。

 「秀頼様じゃ!秀頼様じゃ!」

 輝元の唖然とした顔。

 予はゆっくり馬上にて長十手をかざし、歓呼に答えた。

 羅都鬼もこころなしか嬉しそうである。

 とそのとき、

 「敵じゃー!」

 悲鳴のような声が聞こえた。

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