第31話 解放魂歌(レクイエム)鏡に映る知らない自分
鏡に映る知らない自分
「明日死ぬかもしれないんだから後悔しないようにしないと」
ポジティブな言葉だ。
誰がいったのだっけな。研究所付属擁護園の先生だろうか?
でも、僕は違った。
多分、いつ死んでも構わないと思っている。だけど、無意味に痛い思いをして死にたい訳ではない。他人の役に立って死にたい。そうでないなら空気のように透明になって消えたい。死にたくは無いけれど消えたい。
自分が嫌いなの?
分析する自分が答える。多分それは違う。自己評価は低い。僕はレアリティの低いクリーチャー。僕を生贄にしてレアクリィーチャーを召喚しておくれ。或いは僕が盾になろう。
漫画の中のヒーローが危険を厭わずヒロインを救う。あれは自信があるからなのだろうか、それとも自分の存在価値を低く見ているからあのような無謀な事ができるのだろうか。だから現実にはヒーローは居ない。自分が可愛い人間の方が種として強いから。自分の事を大事に出来ない者だけがヒーローとなり、綺麗に咲いてそして散ってゆく。そうだ。僕はヒーローになりたかったのだ。花火のように一瞬煌めいて、そして消えたいのだ。
万能な超人では無い。実祈だけのヒーローになる。
だけど、万能の超人が現れてしまった。自己犠牲でしかヒロインを護れないヒーローではなくプリンセスと一緒にいるべく現れたプリンスが今はいる。
では僕は? 役目のない僕は?
消えたい
消えたい
消えたい
消えたい
ヒーロー気取りで舞い上がっていた記憶を消したい。
自分を消したい。
消えたい
あぁ。もぅ嫌だ。
「ごめんな」
誰に言ったか分からない言葉はもしかして、自分を大切に出来なかった自分への言葉。
◆◆◆
目が醒めると息を静かに吸った。そしてゆっくりと吐いた。そしてなんとなく笑いがこみ上げ、それを隠すように伸びを行う。そして乾いた涙の跡を擦る。
「情緒不安定か俺は」
目の開かぬ陽気な仮面を被り色々諦めて、感情を殺し、摩耗した世界で摩耗されながらやがて消えていくと思っていた自分の中で、こんなに感情が溢れ出てくる事に戸惑いを覚える。
「子供に戻ってるのかな」
ここは魂の揺り籠。剥き出しの精神が広がる世界。触れてきた心の声達に自分の心も共鳴しているのだろうか。或いはもがいているのか。
「なんで俺はここにいるんだろうな」
仕事をしていない。護っていると思っていた実祈も居ない。
「誰かの役にたってない。誰かに必要とされても居ない」
だけど生きている。
「死んでるか。でも存在している」
ふいに何か温かい物を感じてポケットに手を入れた。そしてそれを首にかける。温かさと幸せを感じながら立ち上がった。
「さて、どうしようか」
二つの事が頭に浮かんだ。一つは白い髪の少女の事。一つは自分が入っている器の事。
まだ空白が神祈を護る存在であった時、彼女は俺に神祈の魂を探しくれと言った。恐らく、魂とは実祈の事だ。疑似世界が実祈の代わりに神祈を作り上げた。だけれど、それは完璧なものではなく、何かのきっかけで、虚ろな只の器に変わり果ててしまった。そして恐らく空白も神祈が完全なものでは無かった事を心のどこかで知っていた。だから本物の実祈の魂を探して欲しいと俺に言ったのだろう。
空白を探すか、実祈を探すか。
空白を探す事に対しては迷いはあった。会いたくない訳ではないが、自分から去っていった彼女を追いかけるべきなのか。彼女はこの身体を護る役割から解放されたというのに、そもそも自分と空白はなんも関係の無いのだ。
方や実祈に関しては存在すら不明である。
考えながら歩いていた俺はふと道端に無造作に置かれていた三面鏡の前で足を止めた。
そう言えばしっかり自分の姿を見た事が無い事に気づいたからだ。俺は鏡に近づいた。三人の俺が俺を見つめている。
「あれ?」
映っている男達は確かによく知った自分の姿では無かった。歳は自分と同じぐらいだろう。 中肉中背で心なしか目に隈が出来ている。それより気になった事があった。
「俺の身体じゃないんだよな?」
完全にではないが、どことなく生前の自分と似ているのだ。頬に手を当てると、鏡の中の自分も手を当てる。口元を隠すと更にその感覚が強くなった。
(目元が俺のパーツに近い)
試しに目を掌で隠してみる。
「うん。何も見えない」
おかしな事をしていると思いながら掌をどかしもう一度鏡をみるとそこには不思議なものが映っていた。
正面の鏡に映った俺は手で目を隠していた。左の鏡に映った俺は口を隠していた。右の鏡に映った俺は耳を隠していた。
(三猿?)
世界を見る事をせず、世界に自分を伝えず、世界に耳を傾けない。そんなような愚者を表す意味があると言っていたのは誰だっけな。それとも母が子供を護る三つの教えか。
俺は目を瞑って、息をゆっくり吸いゆっくり吐く。そして胸に掛けたペンダントを握りしめた。
(熱い……)
以前触った時よりも確実に熱を帯びていた。心なしか鼓動しているような気がする。そして瞼を瞑っても判るくらいに辺り光に包まれるのを感じた。俺は瞼に力を込め、強く目を閉じた。
(この精神世界に呼ばれている)
溢れる光の中で自分も光の粒子に変わっていくのを感じた。身体も鼓動も音も全てが光に変わってゆく中で一つ名前を呼ぶ声が聞こえた。やがてその声も光に変わり、墨膳奏流は消滅した。
鏡の前には誰も居なくなった。ただ、何も映さない筈の鏡のなかで一人の少女が泣いていた。
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