第30話 解放魂歌(レクイエム) 欠片より産まれる歌

欠片より産まれる歌


 記憶にもやがかかっている。

 ただ酷い焦燥感が喉を焼く。

「私の……可愛い……何処?」

水を求めるように私は何かを欲している。

「子供? こども。私。こども」

助けを求めようと辺りを見回す。

暗闇の中、身体は熱い。

「誰か!」

不安に駆られて出した叫びは何も傷つける事なく闇に溶けてゆく。そして静寂が静かにゆっくりと体を貫いてゆく。

「ぅあぁあぁああぁあ」

全てが眠りにつき、物言わぬ静かな世界の中でただ一人きり。心の拍動が思考の海を激しく畝らせ、闇夜の嵐の如き中で何かを掴もうと必死で足掻く。

私の中の荒れ狂う絶望とは反対に、私の外の時間はゆっくりと進み。白い白衣を着た者達に囲まれ、ゆっくりと近づく針はゆっくり私の肉を切り裂き、その中をゆっくりと液体が私の中へ。

「君の優秀な旦那が作った薬だ。これで忘れなさい」

誰かの声が聞こえる。

泡が弾けた。そして静寂。白衣の者達の幻影はもう居ない。

何事も無く変わらない静かな闇がただあって。私は膝を抱えて息を殺している。存在を殺し闇に同化してしまえばやがて押し入れの扉が開いて、もういいよ出ておいでと言ってくれる筈。そうしたらこの得体の知れない恐怖も消え去って家族と一緒に温かいご飯を食べて。

家族?

急に眩しい光が視界と思考を焼く。

私の中でブレーカーが落ちた。静かな闇さえ消えて、空白だけが残った。

私は世界から零れ落ちた。



 記憶に霧が立ち込めている。

 ただ酷い喪失感が身を凍らせる。

「私は……可愛い……誰?」

空気を求めるように私は何かを探している。

「何か? 誰か。私。私?」

答えを求めようと辺りを見渡す。

静寂の中、地面は冷たい。

「誰か?」

自身を確かめる為に出した囁きは何も答えを出さずに無に還ってゆく。そして空白が徐々に確実に心を染めてゆく。

冷たい。ー、わ! 。「!!!」

何もないココロ。何もミエナクナッテ。白く。シロク……

そんな空白のココロの世界の中で指先が何かに触れる。それは一本の弦。私がそれに触れるとそれは振動し、震え、私の唇を通してメロディとなって外の世界に波紋を起こした。


「つきのゆりかごゆれ

かがやいたほしはきえた

あしたうまれるために

いまはおやすみおころりよ

りんねはころりよおころりよ

ぼうやはおやすみまたあした」


全てが無くなり、無意味で無味な世界の中でただ一つだけ。魂の旋律が感情の森を広くざわつかせ、闇夜の遠吠えの如き儚さを掬おうとこころを澄ます。

それは、私の中のただ存在する空白。そう空白の中に散らばっていた心の欠片。何も持っていないと思える私の唯一のモノ。

曲名も分からない子守唄。

ずっと抱きしめて私が唯一離さなかったモノ。そんな気がした。

「貴方はウタネ」

そうか。私の唯一のモノが私の名前なのだ。私は小さく頷いた。

「そう。私はウタネ」



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