第28話 解放魂歌(レクイエム) 古い記憶

第5章 解放魂歌(レクイエム)


古い記憶



私は記憶を揺り起こしていた。

この世界で目を覚ましたとき私は空白であった。空っぽのままただそこに存在していた。何も考える事も無くただ座っていた。

今考えていても、どのくらいそうしていたか分からない。ただ自分と世界の間に境界線が出来た時の事は覚えている。

(そう。歌が聞こえてきたんだっけ)

その頃はまだ世界を紅く染め上げる太陽もなく、白い地面が発する薄ぼんやりとした光だけが静かな世界の底を照らしていた。

そこにただ存在していた私の中を何かが通過した。最初それが歌だと認識はしなかったが、空気の揺らぎは私の中で震え、私と世界の質量の違いは自己認識へと変わっていった。

私は意志を持って立ち上がろうとして、自分の身体を確かめる。

白く細い足。ひどく頼りないそれはふらつきながらも身体を支え、脚としての存在意義を確立させた。

闇と一緒に空気を吸い込む。白い胸が微かに膨らみやがて萎む。

自分の影を見た。私とよく似た影は髪が黒い。

歌は聞こえなくなっていた。儚く綺麗な歌は目の前に私の影として具現化している。私は声をかけた。

「あなたは歌ね」

影は小さく頷いた。

私の白い髪から白蛇が、影の黒い髪から黒蛇がそれぞれ現れ、黒蛇は私の髪に、白蛇は影の髪に絡みついた。

これが記憶に残っている一番古いものだ。一度歌音に私達ってなんなのだろうねって聞いた事がある。その時彼女は悪夢の受胎といい、私はその言葉の響きが不吉な物に感じられてそれ以上その事を話題にする事は無かった。

(私達……私ってなんだろう)

そこらに散らばる魂の結晶達。これらはやがて溶けて空に還る。だけれどその結晶がなんらかの形で蘇る事があるらしい。神祈の身体を依り代とした奏流、熊のヌイグルミ、襲いくる大量の結晶体。多分それらがあたるのだろう。それにあの太陽……。

あの太陽が出来てから全ては変わり始めた。そう思える。だけれど、あの太陽が産まれる前に産まれた私は何の必要があって産まれたのだろうか。

「私もどこかの世界で死んじゃってここに来たのかな」

(奏流みたいに……)

奏流は琥珀が出来ない事をさらりとしてしていた。

転がっていたゾウのヌイグルミを抱き上げる。

(人の心に入り込めたら寂しくないのかな)

人の魂に囲まれながら人自体に会ったことが殆ど無い。最近は本や写真などをガラクタの中から引き出して読んだりもするようになったが、神祈に会うまでは男も知らなかった。だけれどそれは当たり前の事で今まで寂しいと感じた事は無かった。神祈を失った時もどうするかばかり考えていて寂しいと感じる事はなかった。神祈を護るという事が刷り込まれた物だと知った時は解放感があった。そして魂の揺り籠に戻り奏流と再会した。彼には自分の役目の為に振り回してしまって申し訳ないという気持ちを抱き、事情を話してから別れている。

色々な事が一度に起こった。それらに翻弄されるばかりで、自身としては何もしていない。

(キスはしたっけ)

能力の一時付与の為の儀式。私は消耗していた。奏流に会う前からガラクタの集合体に追いかけられていたからだ。必要があってした事だ。そうだ。

奏流に事情を説明している間、必死で動揺を隠していた。見た目は神祈で今までずっと見ていた筈なのに、護るとは違う感情を彼に対して抱いていた。その感情が何かは分からずただ苦しくてその場を離れた。

「どうしよう」

歌音に相談しようかとも思ったが、疑似物理世界に戻るのも憚られた。

ズンっ。世界が小刻みに震え、私はヌイグルミを抱きしめる力を強めた。

「また地震」

ここの所地震が多い。しかも頻度が上がって来ている。以前はこんな事はなかったというのに。

もう一度、青い服の少女。ALICEを探した方がいいだろうか。彼女ならこの世界の異常を知っているかもしれない。ただ彼女とは夢の中、恐らく、疑似物理世界と現実世界の狭間でしか会った事は無い。

空白が持っている能力の事を巫女のようなもの。或いは超共感能力。そう歌音は言っていた。それはある特定の事象が分かってしまう事。世界とコンタクトして夢やお告げなどで真実を知る能力。

彼女は多分そんなもんじゃないかなと言っていたが、自分もそういうものだと感じていた。感覚的にそれが正しいと分かるのだ。そしてそれは神としての自分の役割がその能力をもたらしていると納得していた。

(ALICEは私のことSOULEEATERと呼んだけど……)

 魂を取り込み肥大していくモノ。

 私は顔をヌイグルミに押しつけ息を止めた。


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