第25話 君に会えることを願う歌 死神空白とALICE

     第4章 君に会えることを願う歌 


死神空白とALICE



私はため息をついた。

 男は恋人との思い出に名前をつけて保存し、女は上書き保存してゆく。そんな事が魂の揺り籠に落ちていた本に書かれていた。 その時は歌音とそんな事ないよねーなんて話していたが、今の自分はどうなのであろうか。神祈を失った今、自分は彼のことをどれだけ想っているのだろうか。

 なんとなくだが、もう神祈は戻ってこない気がする。そもそも彼の存在は疑似物理世界で現世の実を投影した新しい命であったのだ。しかし恐らく何かが足りなかったのだ。彼の中身はするりと抜け落ちてしまい消えてしまった。

 彼が倒れた当初は、 彼の元となった魂を見つけ出せばと思い、それを奏流に託しもしたが、元が女性だったと分かった今は、その女性の魂を男の身体に入れるのはなにか違うような気がする。

 神祈と実祈は既に別の存在で、ついでに言えば空白と琥珀も別の存在だ。

「夢から覚めたようとはよく言ったものよね」


◆◆◆


奏流に力の受け渡しをした後、初めての行為だった為か、それとも肉体にかなりのダメージがあった為か、耐えがたい睡魔に襲われ、そのまま眠りについてしまった。そしてそこである少女に出会った。いや、少女の夢を見た。


 私は自問自答の末に水の中に沈んでゆく夢を見ている。 冷たい水は私の熱い想いを奪い、身体は暗く重い結晶と変化してゆく。ただその奥に神祈を護らなきゃという感情のみを残して。

(それが私の役目だから……)

「本当にそうなのかしら?」

(この声も…… 私……)

 誰も居ない私だけの世界の深い海。きっと先程の者達と一緒と、特に感情も湧かずに、静かに閉じていた瞼を開く。

(本当なんてどうでもいい……  これは私…… じゃない?)

驚きが激しい泡となり、それは激流と共にはじけ、気づくと私は固い地面に座っていた。

「誰?」

 その答えを私は知っていた。

「私はALICEよ。初めまして死神さん」

 もう、水は何処にも無かった。彼女が着ている水色のドレスだけがゆれる水を連想させた。知ってはいるけれど会ったことはない。不思議の国に迷い込んでしまった少女が目の前で丁寧なお辞儀をした。

「あなたは誰なの?」

 同じで馬鹿馬鹿しい質問だ。だけれど、この少女は異質で私ではない者だ。

「紹介はしたけどそうね。役割って意味なら、この姿はただの容れ物で意味はないわ」

「あなたの役割は?」

「有子という少女のコピーであり、篠上琥珀の一部でありメッセンジャーであり、みのるを護る者かしら」

「私の一部?」

「違うわ。 紛らわしいかもしれないけど、現世で篠上琥珀というあなたと読み方だけ同じ名前の天才的な研究者がいたの」

 そう言って少女は現世での篠上琥珀と墨膳実祈の話を私にしてくれた。

 それによると琥珀は実祈の精神を培養するシャーレとしてこの世界を作りあげようとしていた。世界で彼女のわずかばかりの電気信号を核にし、その核に彼女をよく知る者達の記憶を栄養として加えてゆく。そして実祈の人格が形成されたら、現実の彼女の脳と同期させる。本来なら世界を形成し、それを集合無意識への扉を開くキーにするという研究は今は墨膳実祈の人格形成の為の物へと変化していた。

「だけど、元になる核が脆弱だったのか、なかなか培養はうまくいかない。しかし核を強化することも出来ない。じゃぁ、栄養としての情報を増やすしか無い。増やすためには世界の容量を増やすしか無い。って感じで琥珀は世界をどんどん広げていったわ」

ALICEはそこまで言うと、ちらりと私を見た。

「死神さんは現世のことを何処まで把握しているの?」

「魂の結晶を通してみる断片的な情報だけ。いま現世では戦争がおこっているんでしょ?」

「そう。戦争って言っていいものか分からないけど、人は沢山死に、社会は崩壊しつつあるわ。 そんな中、琥珀は研究を進めていた。けど、それは順調な物とは言えなかった」

 私は薄々感じていた。この話を聞いてはいけないと。

「ある日、琥珀の作った世界に何処からか自然発生したとは思えないような膨大な情報が流れ込み、元からあった実祈や、彼女を取り巻く情報は何処に消えてしまった」

 私は知っていた。魂の揺り籠と琥珀の世界が繋がってしまった事を。

「代わりに、あふれた情報を取り込みながら大きく成長するモノが発生観測された」

 あぁ。私は。

「あなたは一体何者なの? 情報を食らって成長するSOULEEATERさん」

 私は神祈を護る者では無い。食べた情報を自分の物だと、そう思い込んでいただけ。自分の本質は魂の収穫者。死神なのだと。  


◆◆◆


(夢見?)

 死神としての能力かは分からないが世界のありようを夢に見ることが幾度かあった。そしてそれが真実であることも直感的に知っている。

 今の夢は抽象的なものではあった。 しかし、幾つかの事を知り、幾つかの事を思い出していた。今まで必要がないと目を逸らせ忘れていた記憶を。自分がこの世界にとって異物であると。

魂の揺り籠で産まれた者。今までそんな機会は無かったが、世界にとっての白血球のように異物を排除する者。それが死神空白の役割であり、存在理由である。

「この役目から逃げ出したかったのかも」

 神祈といた時間は確かに楽しかったし、それまでは嘘でないと信じたい。だけれど、心はこちらの世界から離れてきてしまっているのを感じる。全てが綺麗な思い出に変わってしまい、どこか冷めた自分が冷静に自己分析をしている。今になると矛盾だらけの事をよく信じていたと思う。

 不思議の国に出てきた一節を思い出していた。

「昨日には戻れない。だって昨日の私は別人だもの」

 眠りは小さな死。妄信的に神祈を護ろうとしていた私はもう居ない。

「バイバイ」

 小さく呟いた言葉は小さく煌めいてすぐに消えた。

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