第24話 ガラクタを超えて 歌音との会話

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 俺はティーカップを洗っていた。

 あの後、外で空白の姿を探したが、平穏でそして彼女の姿が見えない世界がただ続いていた。まるで人物が逃げしまった風景画のようである。綺麗ではあるがここには何も無い。

 俺はティーカップを洗っていた。というより同じ動作をずっと繰り返している。思考はずっと別の所にあった。

 扉を開けた時に一瞬見えたのは青いエプロンドレス姿の少女。父が作り出し、琥珀が手を加えた人工知能のALICEの姿であった。

 琥珀がこの世界を作ったと言った。ならば人工知能として彼に改良されたALICEはこの世界での役割は? 琥珀の意図は?

 いや

 空白は魂の揺り籠からこの世界に流されてきて、神祈を護る役目を与えられた。では元々の彼女は何者なのか?

 現実世界で実祈、琥珀はどうなっているのか?

 空白とALICEは何処に行ったのか?

 魂の揺り籠で襲われたガラクタの集合体はなんだったのか? 空白のあのキスはなんだったのか?

 俺は何をすべきなのか? 空白の事どう思っているのか?

「はぁ」

 何一つ答えが出ない。そして自分が誰とも向き合っていない事に気づいた。

「はぁ。どうすればいいんだよ」

 ため息をついてティーカップを置いた。水を止める。

 カップを棚にしまった俺は今に戻って来ていた。こちらは既に片付けてある。

「空白と神祈はここに住んでいたのか」

 窓辺には写真立てが並べられており、その中で空白と神祈が楽しそうに笑っていた。

「歌音はカメラマンか?」

 並んだ写真全てに歌音の姿は映っていない。写真が嫌いなのだろうか。そしてまた新たな疑問が浮かび上がってくる。

「歌音はなんなんだ?」

 空白は琥珀として実祈を護るという役割があった。神祈は実祈がいない歪みから作り出された。では歌音は?

「なんだかんだと呼ばれたらー」

 声をした方を咄嗟に見る。

「歌音っ?」

 誰も居なかった筈だが、気づかないほど考え事をしていたのだろうか。そこには黒髪の少女が立っていた。

「そうるん随分難しい顔しとるねー」

「空白が何処にいるか知ってるか?」

 俺は考えていた疑問とは違う言葉を発していた、

「シロちゃんクロちゃんコンビは解消しちゃったからねー。場所は知らないけど、出会いの場所に行けば会えるかもよ」

「魂の揺り籠か?」

「そう。彼女の生まれ故郷」

「どうやって行けばいい?」

「願い事をするならそれなりの代償は覚悟しておいてねー。シロちゃんが望む事ではないと思うし」

「それでもいい! お願いだ」

 歌音は小さくため息をついたようだった。そして黒髪に指を絡ませる。

「しょうがないなー。その前に一つだけ忠告だよ。精神世界の事なんだけど、そうるんは何だと想ってる?」

「なにって、亡くなった人の精神の世界じゃないのか?」

「そうなんだけど、そうるんは精神世界に何度か踏み入れたよね。だけど、それはあくまでその人の一面でしかないから。その人そのものではないの」

「まぁ、全部分かったつもりはないけど」

「そこが違うの。ほとんど違うの。精神世界はその人が書いた小説のような物。本人にしか書けないかもしれないけど、小説イコール本人ではないから」

今まで見てきた世界はとてもリアルで、それが作為的に作られたものには見えなかった。

「精神世界で見た物で人を判断するなって事か?」

「判断はしていいと思うよ。多分本人にとっても現実だから。だけどそれだけが全部じゃ無い。今見えている物より見えていないことの方が世界には多いことを覚えておいて」

「あぁ」

 実際、歌音が何を言おうとしているかはよく分かっていなかった。だけれど彼女の真剣な眼差しを見てそれ以上の言葉は出て来なかった。

「ウロボロスの片割れよ」

 俺が黙ってしまうと歌音は静かに目をつぶり、唇が動く。別人かと思うような張った声。その声に応えるかのように歌音の髪に織り込まれていたリボンがゆっくり解けてゆき、そしてそれは光を帯びながら生き物のように彼女の腕に絡みついてゆく。リボンが髪から全て離れる頃には歌音の腕には一匹の白蛇が巻きついていた。そしてその腕をこちらに伸ばす。

「こっちに寄って」

 綺麗な白蛇であった。その黄金の瞳に見つめられると思考が全て奪われてゆくような気がする。

「目を閉じて」

 ひんやりとした感覚が左の首筋に当たる。これは白蛇のものなのか、それとも歌音の指先なのだろうか。冷たく熱い感覚が脳を痺れさせてゆく。

「白き光よ。彼の魂を闇に導かん」

 歌声が聞こえるような気がする。それは子守唄のような優しさで俺を深い闇に誘った。やがて世界は暗転した

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