第23話 ガラクタを超えて 空白との会話

 「ここは?」

俺は霧の中にあるような情報をかき集めて思い出そうとしている。

ガラクタの集合体なら逃げ出した後、強烈な睡魔に襲われ、その後の意識がはっきりしていない。気づくと空白と二人で草の生えた地面に寝ていた。

「あの世界じゃないな」

 ここは紅い太陽も白い地面も無く、白く細い幹の木が何本も生えている。ちょっとした雑木林だろうか、緑の葉の陰から光が差し込んでいる。木の葉が風で擦れる音、名も知らない鳥のさえずり、そして緑の香りがする。

 俺は起き上がり、服に付いた草を払った。車は見える範囲には無かった。

 寝ている空白を見たが、起こすのに抵抗を感じた。というより、顔を見るのが妙に気恥ずかしい。彼女には聞きたい事もあるが、取り敢えず明るい方に足を踏み出した。

(誰かの精神世界の中かもしれないしな)

 林はすぐに途切れ、道とその先に赤い屋根の白い家が見える。俺は空白の元に引き返した。

「空白」

 返事は無い。

「おいっ」

 草むらに倒れるように寝ている彼女はミリタリーの服を着ていても眠り姫を連想させた。

 彼女の小さな唇に目が行く。

 紅い果実を食べて眠りについた姫はどうやって目を覚ましたのか。俺は想像したものを振り払うように頭を振った。

「奏流?」

 いつの間にか目覚めた空白はその身を起こしてゆっくりと周りを見回している。

「そっか。逃げられたんだね」彼女は微笑んだ。

「ここがどこだか知ってるのか?」

 その微笑みを見続ける事が出来ずに、家のあった方向を向きながら俺は聞いた。

「ここは私が住んでた場所よ。そして琥珀が造った世界」

「そうだ。空白は篠上琥珀とどういう関係なんだ? あんたは琥珀なのか?」

 琥珀と空白は見た目は似ても似つかない。だけれども漢字が違うとはいえ、全く同じ読みの二人が無関係とも思えない。気にしていなかった疑問がここに来て大きく膨らんできた。

「説明が難しいけど、私は琥珀の想いの受け皿だったって言えばいいかな」

「受け皿?」

「そうだよ。ここじゃなくて、場所を変えようか。すぐ側に家があるから」

空白は服に付いた草を払うと家があった方角に歩き出した。俺は慌てて空白の後を追う。

「ここは琥珀の精神世界なのか?」

 暫く歩くが空白は受け皿についての説明の続きをする気配は無い。何か聞かなくてはと思い、違う質問をした。

「違うよ。多分だけど琥珀はまだ生きていてこちらに来てないから。歩きながらだけど世界の説明をするね」

「あぁ」

空白が話し始めてくれた事に少し安心して俺は相槌をうった。

「魂の揺籃の他に疑似物理世界があるって言ったの覚えてる?」

「あぁ。なんとなくだけれど」

「疑似物理世界は一種のパラレルワールド。現実世界の要素、因子が現実世界とは別の形に組み上がった世界って話はしたけど、元々は世界と呼べないモノだったの。琥珀が作り上げた当初は」

「琥珀が?」

 世界の構成に琥珀が絡んでいると言う事に驚きを隠せない。

「篠上琥珀は、人間の集合的無意識にアクセスする為に電脳の中に一つの世界を構築しようとしていた。人工知能ならぬ人工世界を作り上げていたの。それだけでも人間の枠を越えた神がかった行為なんだけれど、所詮、零と一の世界にしか過ぎなかったわ」

 俺はALICEの事を思い出した。

「零と一。つまり世界を構成する設計図は有ったけど、世界を形作る素材が足りてなかった。だけどそこに一つの偶然が重なった」

「偶然?」

「魂が現実世界から大量に流れ込んできた結果、エネルギーが再結晶化して太陽が出来たんだけど、同時に魂の揺籃に満ちたエネルギーが膿が皮膚を突き破って潰れるように世界の壁を突き破り、たまたま琥珀の作った電脳の世界に流れ込んだの」

「それが素材に?」

「そうよ。設計図とエネルギーという素材が揃ったここは精神体の世界として完成されたの」

「その世界と空白の関係はなんなんだ? 琥珀の要素が空白になったのか?」

 壮大な話すぎて上手く理解できていない。理解できない世界より隣で歩く空白の事が知りたい。

「急に繋がった二つの世界。エネルギーは高い世界から低い世界に流れ込んだんだよね。そしてその時に私も魂の揺籃からこの世界に押し流されて来たの」

 いつの間にか赤い屋根の白い家の前に来ていた。庭のような場所には薔薇のような赤と白の花が咲いていたおり、白いテーブルと椅子が置かれている。俺は空白のどうぞという声のままに家のなかに入った。

「座って。コーヒーないから紅茶でいい?」

「あぁ」

 居間のテーブルから見えるキッチンで空白が慣れた手つきで準備を始めている。俺は彼女が動く度に揺れる白い髪をぼーっと見ていた。やがて少し甘い香りが漂ってきた。

「何処まで話したっけ?」

 ガラスのティーポットには紅い液体が入っていて、白いカップが二つ。バスケットの中には小さな花が印刷された紙と市松模様のクッキーが入っている。

「空白が流されてきた所」

「そうそう」

 空白の白い手がガラスポットからカップに紅い液体を注ぐ。甘い匂いが更に広がった。

「この世界は不完全ではあったけど、ある一つの強い想いがあったの。それが私に役目を与えた」

「どういう事だ?」

「名前ってそれだけで力があるんだけど、死神空白、篠上琥珀という二つの名前。その類似性の所為で私はこの世界で実祈を護るという役目を与えられたの」

「もうちょい分かりやすく言ってくれないか?」

「消防士って名前の人は火を消すでしょ。この世界では、しのかみこはくって名前の人は墨膳実祈を護る事になってるの。それがこの世界が出来た理由でもあり唯一の世界法則」

「世界法則ねぇ」

 俺はバスケットに入ったクッキーに手を伸ばした。空白は白いカップに唇をつける。

「だけどそもそもこの世界には大きな歪みがあったの。護るべき墨膳実祈が存在しないっていうね」

「居ないのか?」

 さっくりとして、口の中でほろほろ崩れるほろ苦いクッキーが意外と美味く、また手を伸ばした。

「もしかしたら居るのかもしれないけど見つけられてない。そしてその世界の矛盾を埋める為に貴方の身体、神祈が造られた。多分ね。そのあたりは歌音が知っていると思う」

「造られたって実祈は女だぞ。なんだって男の身体を?」

「分からないけど、護る存在のこはくが女だからじゃないかな。なんせこの世界は寄せ集めで造られた矛盾だらけの世界だから」

 空白が再び白いカップに口をつけるのをみて俺も紅い液体に口をつける。ほんのりとした酸味が喉へと抜けてゆく。

「ともかく、私は役割通りに神祈を護り、愛してきた。それが自分の感情だと信じながら。都合の良い記憶を無理やり信じながら。その偽りの役目と記憶から解放してくれたのは奏流よ」

 空白が席を立ち玄関の扉の方に歩いてゆく。

「どういう事だ?」

「ありがとう。貴方は自分の好きなようにしてね」

 空白がドアノブを回し、ドアを開いた。外には少女が立っている。

俺は急いで立ち上がった。勢いでガラスのテーブルは弾き飛ばされ、上に乗っていた物達は乱雑に宙を舞う。

「待てっ」

 カチャ。彼女を通した隙間は静かに閉ざされた。そして次に激しい勢いで開かれた時には消えていた。少女も空白の姿も。

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