第20話 琥珀の中の夢達 篠上琥珀の記憶?
4 篠上琥珀の記憶?
僕は所謂試験管ベビーと呼ばれているもので、精子と卵子の提供者の名前は知らないがちらりと有名な研究者とアスリートらしいという事は聞いていた。特に会って見たいという気持ちは無いが父親と母親がどういうものだろうかという疑問はあった。勿論知識的な物は知っているが感情的なものがよく分からなかった。それは研究所の中で次なる人類を創り出す為に特殊な教育がなされた為、誰かに甘える時間というものが無かったからのようにも思える。
研究所では定期的に検査をされ、薬を投与されていたが当時はそれが当たり前の事だと思っていた。その事が異常だと知ったのはその研究所で非人道的研究をしている事がリークされ社会的な問題となって閉鎖された後の事である。人体実験に近いことをされていた事に対して、オリンピックには出られないなくらいの感想しかなかったのだが。
そうして八歳の頃見知らぬ世界に放り出された僕は世間の好奇の目に晒され、また能力的にもこの国に受け入れる施設が無かった為に海外へと移住させられた。そこには政治的な物が多分あったようなのだが当時の僕はそんな事知るよしも無かったが、ようは敗戦国だったこの国から僕は徴収されたのだ。
移住した先で最初に引き取られたのはその国で人格者と言われていた神父の元であった。そこには自分以外にも少年少女が多数いて大きな施設であったが、神父が小児性愛者であり、その事が露見した為、施設は潰され次の引取先に移された。行き先は未来の大統領候補とも期待されていた若手議員の元で温かい家庭であったが、対立議員に嵌められ彼はそれを苦にして自殺、その後、奥さんも精神的に不安定になり僕の首を絞めるも途中で泣き崩れ、保護されたのである。
議員が自殺してしまう前、僕は大学に行かせて貰っていた。年齢は十歳であったが学力ではその大学で学ぶ事はなく、研究者として脳科学の第一人者の元に師事していた。恩師の元で幾つもの論文を学会で発表し、議員が死んでしまった後はその人を身元受け入れ人として大学で研究を続けていた。
研究所での恩師は良くも悪くも研究の事しか頭になく、権力が渦巻く世界では浮いた存在ではあったが、子供のような性格でもあり、放って置くと人間らしい生活を送れない人物だったので、彼の身の回りの事を僕がやるようになった。
奇妙な二人の共同生活はそれなりに楽しいものであったが五年ほどでその生活は終わる。寧ろよく五年もったと言っていいかもしれない。二人の発表した論文学説は時代を一世紀早める内容と言えるものであったからだ。二人の学説を裏付ける研究に多くの者がとりかかり始めた。そう、周りに対する影響力が高まりすぎたのだ。その影響力に危機感を覚える者も出てきた。そしてあまりにも急激な変化を受け入れられない者達が、神を冒涜する者、ペテン師研究者、世間を混乱に陥れる為にやってきた悪魔などと僕らの事を呼んだ。社会が二人を排斥しようとしたのだ。それは社会情勢の悪化に伴う物であったのだ。
丁度その折より世界で宗教戦争が始まっていた。初めは二つの民族間での小競り合いであったのだが、そこに金の流れが加わったのだ。大きな二つの宗教と金という宗教が混じり合い、世界は混沌の世界へと変わっていった。結局、科学という花畑は社会情勢に踏み潰され、痛みや感情を持たない兵士の製作に応用が利く研究は危険視された。
身に危険を覚えた僕と恩師は大学を離れ、身を隠しながら研究を続けていたが、戦争は激化を続け国内で研究を続けるのは不可能となって来た。そこで二人は亡命を考えた。行き先は敗戦国のレッテルを貼られているが為に戦争に消極的でまだ比較的安全を保っている僕が生まれた国であった。
以前より親交のあった墨膳博士を頼りこの国に向かったものの、恩師とは途中暴動に巻き込まれた際にはぐれてしまい、それ以来消息は不明である。こうしてこの国に来た僕が出会ったのが彼女であった。
墨膳実祈は墨膳直哉の娘であり、僕の婚約者である。婚約者といっても正式なものでは無く、この国にいる間に僕の身元を隠す為に与えられた役割であると認識していた。僕自身の身体は幼少期に打たれた薬の作用か成長が早く、見た目的には二十代後半くらいに見えるだろうか。彼女の横に立っていても不釣り合いではなかったが、如何せん僕には人を愛するという事が分かっていなかった。それでも僕はその役割を果たす為に、それらしい事をしていた。
いつしか彼女は僕にとって妹のような護るべき存在になっていた。
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