第14話 ガラスケースの世界 新しい世界

  第3章 ガラスケースの世界

 

1  新しい世界



 俺はぼーっとしていたようだ。

「どうしたの? 考え事?」

「あぁ。何でもない」

 顔を覗き込まれていたようで、すぐ目の前に大きな瞳が輝ている。

 彼女がくすりと笑った。

「変なの」

 そうだ。このシチュエーションは変だ。俺はガラスケースにもたれかかったまま困惑する。

 そのケース中には二十代くらいの顔立の整った白衣の男が居て、何か話しているようである。

 少し離れたガラスケースの中にはやせぎすで少しだらしない格好をした青年が大きなキャンバスに絵を描いている。

 ガラスケースは沢山あった。その中にはラガーマンだったり、ブレザーを着た学生だったり、汚れたツナギを着た男だったりと色々な男性がケース一つにつき一人中に居た。

 閉じこめらているという感じではない。サッカーのユニフォームを着た青年はリフティングをし、スーツを着たサラリーマンは携帯電話で誰かと話している。中に居るように見えて実はホログラムのような物なのかもしれない。

 そして、なるべく視線を合わせようとしているものの、意識をせずには居られない、そんな距離で彼女は俺の隣に座っている。

「あ。そうかな?」

 どちらかというとボーイッシュなタイプの子だ。黒髪のショートヘアで、つば付きのニット帽を深めに被っている。ウサギの髑髏がプリントされた黒いシャツにジーンズ。そして赤い紐のブーツが黒く光っていた。

(このガラスケースの中の男達は何かなんて聞けないしなぁ)


 ◆◆◆


 暗闇の中に放り出され俺はそのまま落ちてゆき、そして気がつくと紅い世界に戻って来ていた。

駆け寄ってきた空白によると、途中から奏流とコンタクトが取れなくなった事。どうしようか困っていた時に歌音が帰って来た事。そして、歌音がゲームの電源を切ってしまった事を話してくれた。

「電源切ったのかよ。俺がゲームと一緒に消えてたらどうする気だったんだよ」

 俺は大袈裟にため息をついた。

「結果オッケーだったから大丈夫だよー。ナイス判断でしょー」

 歌音には悪びれた様子は全然無い。

 もう一度ため息をつくと俺は手に持っていたゲームの電源を入れた。少年の事を考えていた事もあり無意識での行動だった。

「あっ! やべ」

 しかし、何事も起こらずゲームのタイトルが表示され、それもつかの間、画面はゆっくりと薄れてゆき、やがて完全に消えた。

 液晶部分を軽くなぞる。そして沈黙してしまったゲーム機をそっとすぐ側にあった椅子の上に載せた。

 俺は辺りを見回した。紅い光に照らされてここには色々な物が乱雑に積まれている。

「なぁ。また子供の精神世界だったけど、たまたまなのか?」

 そう。ここは死後の者達が集まる場所なのだ。あの少年も少年のまま死んでしまったのだろうか。

「そうとも言い切れないと思うわ。本当に子供の時に死んでしまったのかもしれないけど、違うかもしれない」

「どういう事だ?」

 空白の言葉に質問を重ねる。

「ここは魂が集まる場所。そして魂は集まったエネルギーのような物だって話したと思うんだけど、そのエネルギーはその人の欲や想いが色濃く出るの。そして色濃く出た結果、それが子供の形をとるんだと思うの。感情を抑え付けて生きている大人と違って、子供もまたその人の本質が現れやすいから。それに幼少期の出来事がその人の人格に影響を与えるってのもあるし」 「そうか、別に死んだ時の姿をしてる訳じゃないのか」

(あいつは大人になれたのかな?)

「そうだね。じゃぁ一回、疑似物理世界にいっこか。ここにいると何があるか分からないし」

「いや、俺はいいや」

「えっ?」

 空白が驚いて振り向いた。俺はなんとなくそんな気分にはなれなかった。

「でも、ほら。ここは何も無いし」

 物だけであればここには沢山ある。でも彼女の言いたい事は分かる。少なくてもここは人が快適に住める場所では無い。

「あと、ほら。寂しい場所だし」

それも分かる。ここは全ての物が静寂に支配されている。

「それに、ほら。お腹だって……すかないか」

 そうだな空いてない。

 紅い光に照らされた彼女の表情は泣いているようにも怒っているようにも見えた。

「……分かったわ」

「えっ!」歌音が驚いた顔をする。

「だけどお願い。私が戻ってくるまでここらの物には近づかないで。精神世界に入り込まないで」

「いいの?」

 歌音が心配そうに声をかけるが、空白は彼女の方を向かず俺をじっと見ている。

「いや、そんな対した理由がある訳じゃないから、行かないとマズイなら行くよ」

 正直に言うと身体の持ち主の神祈がいた世界に戻りたく無かった。理由は分からない。少なくても俺の記憶にはない異世界だ。単純にこの魂の揺り籠から離れたくないだけかもしれない。

「あ。いいよいいよ。よく考えたら今来て貰うと都合悪いし。奏流はここで待ってて。今、家を作るから」

 空白はそう言って地面に手を当てた。

「ちょっと離れてて」

 地面が白く光りそのまま盛り上がる。そしてそのまま膨らみ、かまくらの大きいバージョンみたいな建物が完成した。

「おぉ。すげーな」

ぺたぺたと建物をさわると硬く冷たい感覚が手を伝わってくる。

「もしかして最初に俺がいた部屋も空白が作ったのか?」

「そうよ。ここで私がくるまで待ってて」

「あぁ、俺も頭ん中整理したいしな」

「歌音いくよ」

「うん」歌音は何か言いたそうに一度だけ振り返りこっちを見た。空白は振り返らなかった。

空白と歌音は地面を蹴りあっというまに離れてゆく。そしてその姿は夕闇の中に消えた。

 結局その場に二人が戻って来る事は無かった。


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