第12話 RPG セーブデータが見当たりません
奏流はマジックスティックを装備した。
効果。戦闘ターン開始時に攻撃力アップ。
幼女が現れた! 戦闘開始!
奏流のマジックスティックは硬く強くなった!
幼女は怯えている。
奏流は様子を見ている。
奏流のマジックスティックは硬く強くなった!
幼女は逃げ出した。
しかし奏流に回り込まれてしまった!
幼女は助けを求めた。
警察官Aが現れた。
警察官Bが現れた。
奏流は逃げ出した。
しかし警察官に回り込まれてしまった。
奏流は移動呪文ルーダを使った。
奏流は天井に激しく頭をぶつけた。
「ゲームオーバー」
「とかどうかな?」
少年が悪戯な笑みを浮かべながら言った。
目の前の身体に不釣り合いな大きさの玉座に足を放り出して座っている彼は楽しそうに王冠を指でくるくると回している。
「勝手に物語作ってゲームオーバーにするな。てか、村を出てすぐラスボスが居るってどうなんだよ」
結局村では対した情報もなく、仕方なく村を出たのだが、すぐに近くに体育館を一回り大きくしたような建物があり、そこにこうして先程の声の主がいたのである。
「いいじゃん。待つのめんどいし」
(こいつ色々設定作ってる最中に飽きたな)
「それより早く遊ぼうよ」
建物の中の広い空間の中に王座が一つ。その上で少年が足をパタパタとさせている。
「はいはい。元の世界に帰れるなら付き合ってやるよ」
俺は思わず苦笑を浮かべた。最初は慣れない世界にビビっていたものの、結局この少年の遊びに過ぎないか。
「で、何するんだ?」
「ボス戦に決まってるじゃん」
「いや、流石にそれは勝負にならないだろ」
少年の口は多少悪いものの、それだけの理由で彼をいたぶる気はない。
「ふふーん」
こちらの言葉を気にせず少年は王座から飛び降りた。
「蒼き地獄の皇子よっ!」
少年は王冠を地面に置き、片膝立ちで声を上げる。
「汝、我との古の盟約を果たし、その力をこの王冠に宿せ!」
中二病にしか思えないその言葉に呼応するように、床が青白い光を放つ。いつの間にか現れた巨大な魔方陣のような物が王冠を中心にどんどん広がってゆき、見た事もない記号が青い光となりスパークを起こす。
「嫌な予感しかしねぇぞこれ」
少年に近づこうにも空気が弾ける音と共に青白い火花が弾け、逆に離れる方向に身を引く事しか出来ない。
王冠の下、魔方陣の中心から何かがせり出てくる。王冠と少年を乗せたままその物体はその身を徐々に現してゆく。
「ゴーレムか?」
ゲームの中にしか出てこないような単語。青白い光に包まれたその物体はブロックを積み上げてできたような人型の像だった。大きさは十メートルぐらいだろうか、頭から少年がこちらを見下している。
「よく分かったねー。碧玉石のゴーレムだよ。特殊能力型だけど、まぁパワーはそこそこあるんじゃないかな」
「……なぁ、ボス戦なんだけど、ジャンケン勝負とかにしないか?」
「じゃぁ、勝った方が攻撃で、負けた方が防御ね」
少年の言葉と共に工事場でよく使うようなヘルメットと、ピコパコ音がするオモチャのハンマーが目の前に落ちてきた
「いくよっ! 最初はパー」
「ちょっ! まてっ!」
勢いに押されて手を出してしまった。
ゴーレムが出したのはパー。自分の手を確認すると共に、ヘルメットを掴んだまま横に飛んだ。
ズドンっ!
奏流が一瞬前までいた場所にゴーレムの拳が振り下ろされる。頭蓋骨が震えるような轟音と振動ですぐには立ち上がれず、顔だけなんとか持ち上げるとぺちゃんこになったオモチャのハンマーの残骸が落ちているのが見えた。
「避けちゃ駄目だよー。ちゃんとヘルメットで防御しないとー」
「アホかっ!」
恐怖、怒り、安堵感、色々な感情や言いた事が混じって最終的に出てきたのはたった一言だった。
少年は楽しそうに笑っている。
「ジャンケンやめて鬼ごっこにしようかー。僕、鬼やるねー」
ゴーレムがまた腕を振り上げ、そして振り下ろす。
四つん這いになったまま身体を捻りどうにか拳の直撃をかわすものの、振動に身体が跳ねる。そして横に払われた拳に吹き飛ばされそのまま地面を転がる。
「なんかモグラ叩きみたいだね」
上からの声がどこか遠くから聞こえるもののようで、起きなくてはという意思に反して身体は動かない。
(熱い)
絞り出した息、激しく鼓動する心臓、地面と接している部分、全てが熱を帯び自分が何か別の生命体になったように思える。そして近づいてくる破戒の振動。
「ベストスコア更新! でも、そろそろゲームオーバーかな」
多分またゴーレムが腕を振り上げているのだろう。
そして、地面が大きく揺れた。
世界がシェイカーの中に放り込まれてしまったように、景色が激しくぶれる。
それと共に轟音が襲いかかってきた。
大きく揺れたのは二回で、一度目の衝撃の後、二度目は多分ゴーレムが倒れたもの。そして衝撃の音の後に物凄い音が響き、俺は倒れたまま両手で耳を塞いだ。
これは咆哮だ。いや怒声だろうか。耳を塞いでもなお聞こえてくる二種類の罵り声が細かく世界を震わせている。
やがて音は小さくなり、振動は耳の奥に余韻を残しながらも消えた。
俺はようやく立ち上がった。
不思議な事にあれ程酷かった身体の痛みや、脳を揺さぶられるような感覚も消えている。
「なんだったんだ」
倒れたゴーレムだった物は青白い輝きを失い、灰色のひび割れた動かぬ巨岩になっていた。
手を伸ばし岩を触る。
亀裂音と共にひび割れが大きくなり、ゆっくり崩れる。
咄嗟に身を引くが、崩れたさきから砂となり粒子となり空中に溶けるように消えゆき、そして初めから何も無かったかのようにそれは消失した。
消えたゴーレムの代わりに視界に入ってきたのは少年で、彼は王座の上に座っていた。大きな王座の上で膝を抱え込むような格好で横には王冠が置かれている。
彼は腕で耳を塞ぎ顔を伏せている。
「なぁ。今のは?」
問いかけにも少年は黙ったまま応えない。
(危険は無くなったか? にしてもさっきのは)
恐らく何かの衝撃で俺を潰そうとしていたゴーレムが倒れた。その原因は恐らく外にある。
(あれ? この建物こんなに小さかったか?)
ゴーレムが腕を振り上げられるくらいの高さはあった筈だがその天井はかなり低くなっているように感じられたし、かなり距離があった筈の入り口の扉もすぐの場所にあった。
少年に近づいて刺激するよりも外の様子を窺った方がいいだろうという。俺は入り口に向かった。
「行かないで。ここから出ない方がいいよ」
少年の声に振り返る。しかし少年はさっきの格好のまま無言でうずくまっていて、今の言葉は本当に彼が発したものか自信がなかった。
もう扉の前に来てしまっている。彼の事も気になったが扉のノブに手を伸ばした。
俺は扉をゆっくりと少しだけ開いた。
そこには村は無かった。空も無かった。入って来た時にあった筈の全ての物が無かった。
そのかわりに椅子が一脚。そして、女性がこちらに背中を見せて座っていた。
俺は少年の方を振り向いた。
カチッ
電気を急に消したように全てが闇に包まれた。
少年も王座も王冠も見え無かった。
建物も椅子も女性も見えなくなった。
何も見えない世界で俺は少年の事を思い出していた。少年を抱きしめてやりたくなっていた。
あの椅子に座っていた女性の背中は震えていて、多分泣いていたから。その悲しみが伝わってきたし、きっと少年にも伝わっていたように想う。
あの光景は少年がよく見ていた物だろうか。その椅子がある部屋には割れた皿やフォークが散乱し、植木鉢も倒れ葉を散らしていた。一瞬泥棒に入られたのかとも思ったが、多分違う。
煙草の匂いがしていたように思う。
何があったのだろうか。それらの風景を俺は想像でしか補えない。
恐らく彼女は暴力を受けたのだ。
ゲームの外は辛い現実。少年はゲームの中に閉じこもっていたのだろう。現実を見ない為に。
俺は静かに目を瞑った。
あぁ。俺はあの少年の名前すら知らないんだ。
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