第9話 RPG 名前を入力して下さい
第2章 アールピージー
俺は困惑している。
「ようこそ旅人。ここは始まりの村です」
「それ、さっき聞いたわ」
「ようこそ旅人。ここは始まりの村です」
「こいつもかよ。殴りてぇ」
俺は大きくため息をついた。
「ようこそ旅人。ここは始まりの村です」
なんでこんな事になったのか思い出していた。
◆◆◆
「そうか、俺、死んでるのか」
「急に飲み込みがいいのね」
「あぁ、最初は信じて無かったけどな。色々あったから」
赤い靴を履いた少女の笑顔を思い浮かべた。ヌイグルミは空白が作り上げた小さなお堂に安置してある。
空白は少し迷ったような顔をしている。そして俺に頭を下げた。
「ごめんなさい」
「なんで謝るんだ?」
「貴方も静かに眠りについていたのに、巻き込んで起こしてしまったわ」
「それはあんまり自覚ないからいいんだけどさ、それよりこの身体の持ち主大丈夫なのか?」
空白から神祈の身体についての説明は受けていた。恥ずかしい話だがまさか自分が見知らぬ他人の身体に入っていたなんて気がついていなかったのだ。
「それは分からないわ」
空白は悲しそうな顔をする。
「肉体的な意味で言えば貴方が入ってくれてるおかげで安定しているわ。だけど、そもそもなんで神祈の魂が何処に行ってしまったか分からないの」
「突然死って事か?」
「死ぬ事は無いわ。死んだっていうより中身が急に無くなったって言った方がいい状態ね。奏流が入っていて分かるように身体には何の異変もないわ。勿論、放っておいたら消滅してしまっただろうけど」
「死ぬ事は無い? 消滅?」
「今いる世界の説明が必要ね。ここは魂の揺籠って呼んでるけど、言わば集合体意識が集まる場所で、物理世界と精神世界の境界。それに対して貴方が少女に会ったっていうのが精神世界で、貴方が生きていた場所が物理世界の一つなの」
「三途の川みたいな所なのか。で、一つって事は他にも世界が?」
「えぇ。ここは色々な世界と繋がっているから。精神世界は無数にあるし、物理世界も幾つかあると思う。私が住んでいる疑似物理世界もあるわ」
「なんだかよく分からなくなってきたな」
奏流は頭を軽く振る。ゲームの設定とでも思えば覚えられるだろうか。
「神祈は疑似物理世界の住人で、そこは物理世界ではあるんだけど、死が無い世界。正確に言うと元の世界の要素を取り込んだパラレルワールドなの。元の世界の要素を取り込んだだけの閉じられた世界だから、人は歳をとることも死ぬ事もない」
「平行世界か。なんだかファンタジーの世界だな」
今度は空白が頭を振った。
「奏流にしてみればそうかもね。でも現実は小説より奇なりっていうわ。で、一つの仮説に基づくんだけど、私はこの魂の揺籠で神祈の魂を探そうと思うわ」
「神祈さんは死なないんじゃ?」
先程空白が神祈は死なないと言っていたばかりである。
「疑似物理世界の神祈はね。私が探そうとしてるのは物理世界の神祈の魂よ」
「話が込み入ってきたな。物理世界の神祈さん?」
「パラレルワールドって言ったけど、元々は一つの世界だったわ。それがある時を境にずれた。そして雨が降った後の水溜まりのように取り残された。でも元は同じ世界だったから、同じ人間がそれぞれの世界にいたりする事があるの」
「もう一人の神祈さんねぇ。で、その神祈さんは死んでるのか?」
「正直分からないわ。そもそも本当にそんな人物が居るかも分からないし。世界が分離された時に要素やら、因子だけが切り離されて再構築されたから、元の世界とは似ているようで違うわ」
「ごめん。よく分からない」
空白は白い地面を変形させ、三角だの四角だの色々な形のブロックを作り上げ、それを積み上げた。
「積み木みたいなものよ」
そう言った後、空白は積み上げられたものを倒した。音を立ててブロックが散らばる。そしてまたブロックを積み上げて言葉を繋げる。
「積み上げられていた物が一回破壊されて、また違う形に積み直された。パーツは同じ物を使ってるけど、基本的には違う世界。だけど因子、要素っていうパーツは安定した形を取りたがるの。そして安定した形っていうのは元の世界の事だから、影響をかなり受けて、二つの世界は自然と似てくるわ。だからいる可能性はあるけど居ない可能性もあるって事」
「ざっくりだなぁ。そんなのどうやって探すんだよ」
俺は三角錐の屋根を摘み上げそれを建物にぶつけて倒した。
「神祈の身体が近づけば何かしらの反応があると思う。貴方の魂に反応してヌイグルミが動き出したのだとすれば、同じ様に神祈の身体に魂は反応すると思う。別の世界の神祈だとしてもね」
「そんなもんなんか」
「あとは名前」
「名前?」
「そう。物理世界では物体に焦点があたりがちなのかもしれないけど、魂の世界では名前が大きな意味を持つの。物体があってそれに名前があるんじゃなくて、名前があって初めてものが存在する。名前があるからこそ只の物質、只の電気信号にすぎないものが初めて意味を持ち、役割をもつ。逆に無い物にも名前をつけさえすればそれは存在する。数字の零や空白のように」
「哲学的だな。要するに名前が同じ人をさがせばいいのか?」
「理解が早くて助かるわ。同じ名前じゃ無くても似たような漢字や音かもしれない。ただ、同じ名前の存在はただでも運命が絡まりやすいから、それだけで決めることは出来ないんだけど」
俺は色々なできるだけ高い建物を作ろうと、ブロックを吟味しながら積み上げる。
「全部可能性の話だし、前提条件すらかなり怪しい話だからなんとも言えないんだけど」
空白が肩をすくめてみせる。かなり希望的観測が入った話なのだろう。
「まぁ、他にあてもないんだからしゃーないか。にしてもみのるかー。妹もみのるなんだよな」
土台を少し広げてみる。これなんか良さそうだ。
「そうなの? 妹さんは?」
「元気にやってるんじゃないかな。実祈はよく覚えていないんだ。自分がなんでここにいるかも含めて現実世界のこと」
アリスと会ったときの事は思い出したが、記憶がいまいち曖昧である事を空白に伝える。
「もしかしたらずっと眠っていた影響かも。で、貴方はいいの?」
「ん? 乗りかかった船だし別に構わないけど」
俺が答えると空白は悩んでいるような困ったような顔をした。何か変な事を言っただろうか。ブロックを探す手を止めた。
「そういう事じゃなくて、貴方、神祈の魂が元通りになったらまた眠りにつく事になるかもしれないのよ」
「んー。俺もう死んでるんだろ? 借り物の身体にずっといる訳にいかないしな。神祈さんに身体返さないとな」
「いいの?」
「深く考えてもしゃーないしな」
「そんな……」
空白は何か言おうとしたようだった。
「そうと決まったらごはーん!」
それまで黙って座りながら何か弄っていた歌音が急に立ち上がって提案したので空白はその言葉の続きを言う事は無かった。俺はそんな空白の様子を気にしながらも歌音の提案に同意する。ブロックの建物は既に倒れていた。
「そうだな。にしても何してたんだ?」
重い話は苦手だ。なんとなしに話題をそらす。
「ゲームだよー。落ちてたからー」
歌音は先程まで弄っていた携帯型のゲームを突き出すように俺に見せた。結構古いもので俺も遊んだ事がある。
「この世界の物は眠っているの。物が動く筈ないでしょ」
空白は訝しげな顔をして言った。
「でもばっちり動いたよ。主人公はそうるんの名前つけたよー」
歌音が言い終わるのと同時ぐらいだろうか、俺の身体が白く発光し始めた。
「えっ。嘘っ」
「ちょっ!」
そして俺は光に包まれて消えた。
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