第4話 魂は揺り籠で眠る 3死神空白

     3 死神空白 


 私はやり場の無い怒りを覚えていた。

 闇と光の境界線の刻。薄光の中の二つの影が移動してゆく。

「あんなの神祈(みのる)じゃないわ」

 私はガラクタの山を踏みつけ蹴った。まるで重力という概念を無視するかのようにように、身体が空中に大きな放物線を描くのが感じられる。足先の軽い感触が着地を教えてくれた。そしてまた強く蹴る。

「そんなの分かってたじゃーん」

 歌音の脳天気そうな声が小さな棘となって私に突き刺さる。

「歌音だって神祈の事好きだったでしょ! 何とも思わないの?」

 私の苛立ちを隠し切れずに発した声は大きな棘となり放たれた。

「みのるんは好きだよ。でもあれはみのるんじゃ無いしー」

「そんなの分かってるわよ!」

「でもそれ、みのるんが作った箱でしょ? 空白はなにか期待してたんじゃないのー?」

 私は何も言わずに箱を抱える腕に少し力を込めた。

「でもしょうがないよー。あぁしなければみのるんの器の方が駄目になっちゃってたしー」

「そうだけど!」

「空白はあの人が自分の事覚えてないのがショックなんでしょー? しょうがないじゃん。あれはみのるんじゃ無いんだもん」

「五月蠅いっ!」

 そう。あれは神祈ではない。元々神祈だったモノ。

 白い箱に涙が落ちた。先程まで我慢していた感情が堪えきれずに溢れる。

(私の所為だ)

(私があんな事したから)

 腕の中で神祈が冷たくなっていく感覚を思い出すと、背中を虫が這うような嫌な気分になる。それでもあの時の事を思い出さずにはいられなかった。


    ◆◆◆


 昔のことはよく覚えていないし、思い出す必要すら感じていなかったが、特別都合の悪い事はなかった。誕生日も知らないし、両親の記憶もない。全てのモノただそこにあって、疑問を感じないように空白はただそこに存在していて、それが当たり前であった。だから記念日なんて自分には無縁の存在だと思っていた。ただ自分の役目だけが存在した。

 死神。

 死などと名前がついているものの、要は管理者である。ある場所を管理する者。世界から指名されその使命から氏名が生み出された。それが死神。自分ではそう認識していた。

 しかし役割は増えるものである。

 琥珀にとって記念日と呼べるものが新しく出来上がったのは新たな役割が出来た時。

 ”神祈(みのる)を護る役割を与えられた日”

 それが空白の記念日で新たな存在理由が生まれた日である。


    ◆◆◆


 急ぎの家路。隣では歌音が空を気にしながら走っている。

「神祈大丈夫かな? 前の時みたいに、キッチンを爆発させてないといいけど」

 可笑しさを堪えながら私は言った。

「えー。今日、お昼ご飯抜きー?」

 歌音は本当に悲しそうな顔をしている。

 神祈が突然食事を作り出すと言ったのは一週間前。キッチンで火事を起こしたのは三日前の事である。

 彼が突然そんな事を言い出す理由はなんとなく察していた。今日が私と神祈が出会った記念日だからだ。去年は絵を描く! なんて言って、描いた油絵を渡された。抽象画っぽくて何が書いてあるのか分からなくて、犬かな? って言ったら彼は暫く部屋から出て来なかった。結局、何を書いたのかは教えてくれないままである。

 結局その絵はどこかに仕舞われてしまった。私からは男物の腕時計をプレゼントしている。

 暫く走ると白い家が見えて来て私の気持ちは緩んできた。

「どうするー? 倉庫に寄って、なにか食べ物持っていくー?」

 歌音は本気でご飯の心配をしているようだ。

「それは神祈が可哀想かな。駄目だったらその時考えようよ。それより早く帰ろ」

 空を見上げると空は厚い雲に覆われ、今にも泣き出しそうである。時折、雷鳴が遠くの空の様子を伝えてきている。

「はいはーい。洗濯物も心配だしねー」

 結局、家の扉を開けられたのは雨が降り始めた後だった。

「ただいまー」

 軽く濡れた髪を押さえながらバスルームにタオルを取りに向かう。

「歌音は洗濯物お願い。私は神祈の様子を見てくるから」

 いつもなら二人が帰ってくれば神祈は玄関まで迎えに来てくれる。それが今日はその姿をまだ現してはいない。

(料理を作るのに集中しているのかな? それとも倉庫?)

 タオルを髪にあてながら空白はキッチンに向かった。

「神祈いるじゃん。寝てるの?」

 神祈はテーブルに伏せていた。

「神祈、風邪ひくよ。其れに全部出しっぱなしじゃん」

 ケーキを作ろうとしていたのか、テーブルの上にはボウルの中に入った粉、計量カップ、卵、レシピの本、バターなどが置かれている。

「寝るんなら部屋で寝てよ」ボウルにラップをかけてバターは箱に戻した。

「ほら、神祈ー」空白は神祈の肩を軽く揺すった。

 神祈はゆっくりと傾き、そして地面に倒れた。

「えっ」

 そこには糸の切れたマリオネットのような神祈がいて、その蒼白い顔は何処も見て居なかった。

 誰かが悲鳴を上げている。歌音がこちらに駆け寄ってきて私を抱きしめる。

 あぁ、悲鳴を上げているのは私だ。神祈が寝ている。毛布を掛けてあげないと。

 そして意識が飛んだ。

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