おとのここ
―――練習の日
本番の歌を練習する。
「恥ずかしいな」頭をかきながら亮さんは言った
「作詞作曲なんて恥ずかしさ売らなきゃ」ぼっちがすかさず突っ込み、楽譜を私に渡した。
またどこかで泣いてませんか
君の知らない 僕はここにいる
弱虫になった僕 消えてしまいそうな
君をみつけたから この時代に
またひとりで泣いてませんか
僕の知ってる君 大好きな君
泣き虫の君 怖がりの君
明日が来なくても 会いに行く 何度でも 何度でも
私は言葉を失う。いつ書いたんだろう。
「あれ タイトルは?」
「まだ決まってない」
「泣いてませんか」
ぼっちがポツリと言った。
私はぼっちのピアノに合わせて何度も何度もマイク無しで練習した。亮さんは、ひとりでギターと鉛筆を持ち何やら楽譜に真剣に書き込んでいた。
カルテの入力より、真剣な顔.....。
+++
朝の準備中、マッチャンがトーストと目玉焼 コーヒーを用意してくれた。
カウンターで「いただきます」と手を合わせた私に何か言いたげな上目使いで気味悪くじっと見てくるマッチャン。
「ねぇ。どっちよ どっち!」
「はい?何がですか?あ 私はバターだけ派です。」
「ちがーうっ。おとのここ!」
「ん?」
なんでわざわざ文字る.....。
「もぅ。じれったい子ね。亮くんと村上くんよっ。どっちがいいの?あたしだったら〜そうね。村上くんのチャーミングなお喋りに亮くんのクールな感じを取り入れてほしいわぁ〜」
「取り入れる?」
「例え話よ。あのままの二人でなら、亮くんね。真由にお似合いなのは!うふっ。」
「私ですか?!私はそんな」
そりゃ私は亮さんに決まってる。
「やぁね。顔あかくしちゃって〜」
マッチャンはレコードを物色し、アメリカンな洋楽をかけた。
「今度ここでチークダンスナイトしましょぅーねぇ?さゆりちゃあん」
「あい?」前髪にピンクのカールローラーを巻いたさゆりさんが適当に返事した。
今日は日曜日。本番まであと一週間
入口外の掃除をしていると、パジャマ姿の男の子が
「おばちゃん 亮くんの友達?」
おばちゃん.......すんごい寂しくなるその響きに倒れそうになる。
なんで、亮さんは亮くんで、私がおばさん。
だれなんだこの子は。
ん?涼し気な目に子供ながらすっとした鼻....雰囲気が似てる。まさか亮さんの??この時代に子供作ってたのー!
「君何歳?亮くんは君のパパ?」
無邪気な子供に尋問の如く質問する私。
「5歳 ねぇおばちゃん、ママになってくれる?たっちゃんの」
ママ?たっちゃん?
「さゆりさーん!!」
私はとりあえず、たっちゃんを連れて中へ入った。
たっちゃんは亮さんの薬局のおじさんの家に住んでいるそう。おじさんはパパの兄。
パパとママは遠くにいると。
最近、亮さんが夜居なくて遊んでくれない。私と歩いてたのを見たらしい。
幼稚園の運動会にママになって来てほしい。
と、日曜日の朝っぱらからパジャマでお出ましのたっちゃんの主張である。
さゆりさんが目尻にしわを寄せ
「そっかぁ。運動会はいつかしら?」
「今日。今からだよ」
「
私はさゆりさんに言われるがまま花柄のワンピースに着替えた。ぼさぼさ頭をお団子ヘアにし、たっちゃんを連れて薬局へ。
商店街を手をつないで歩くと、たっちゃんは嬉しくて私の膝にまとわりつく。
あ.....可愛い。
薬局の前で、着替えてくるから!と言った、たっちゃんを待つことしばらく、亮さんがたっちゃんを連れて出てきた。
「あれ?亮さんも?」
「え 真由ちゃんも?」
これでたっちゃんは今日のパパママをゲットした。
「ねぇ ぶらぶらして」
「ヒューヒューウー」と私は精一杯たっちゃんを浮かしながら歩いた。
運動会といっても、お遊戯会のようなもの。最後にかけっこがあった。
「たっちゃーん!がんばれーっ。」他のお母さんに負けじと叫んだ。
真剣な目で構えてるたっちゃん。
「よーいっドン!」
速い速い!!私も興奮してぴょんぴょん跳ねていた.....だがテープのちょっと手前でコケた.....。
陸上をやっていた私はこの虚しさがよく分かる。
先生が駆け寄るより早く私はたっちゃんに駆け寄り、口をひんまげて今にも泣き出しそうなたっちゃんを抱っこしたかったが、こらえた。
「立って!たっちゃん」
そしてもう一度、先生にテープを持ってもらい、ゴールした。
私は力いっぱい抱っこした。
ふと亮さんに笑いかけると、亮さんも笑ってた。
帰り道
「たっちゃん、帰ったら消毒だぞ」
亮さんが念を押す。
「えーチクチクいや」
「ほんとのパパとママならいいのになぁ」
たっちゃんは消毒し絆創膏を貼ってもらい二階へ上がっていった。
「たっちゃんのご両親は?」
「蒸発した。」
え.....あんな可愛い子を置いて。それ以上は聞かなかった。たっちゃん.....。
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