何も変わらない声

 亮さんは普通に一緒にマンションに入る。前にも入ったのだろうか.....。

リビングに座ってもらいお茶を出した。


 なんとか、あの材料で普通のメニューを作るしかないか。

と、キッチンへ来た亮さんが指示を飛ばす。

「豆腐」「はい」「包丁」「はい」

「ほうれん草 チンして これ2分」

「トマト 切れ」「はい」

「あっち座って」

まるで、仕事中かと錯覚を起こした。あっという間に出来上がった家庭的な晩ごはん。


 「いただきます!―――あ おいしい。美味しいです。ホッとする味。ありがとうございます。亮さん」

「おまえ 久々に笑ったな」

そうかもしれない。亮さんは私を気にかけてここまでしてくれたんだ。

「おばあさん、おまえの中でそんなに大きかったんだな」

いや、たしかにばあちゃんの事もあるけど。昭和で過酷だったのと、腑に落ちない出来事と.....。

「はい。ばあちゃんがなくなる前のことも覚えてなくて。」

「そっか。無理すんな」

帰ろうとする亮さんに

「あれ、晩ごはんは?」

「冷蔵庫入れて明日の朝食え」

亮さんはさらっと帰った。



―――――それから数日後


 日勤で出勤し、時々必要以上にとらくんの様子を確認し、面会記録をストーカーのようにチェックした。誰も面会に来ていない。


 午前中はレクリエーション

私はウサギの被り物を被されエレクトーンを弾いている。手元が見づらい.....見えない。崎山さんともうひとりが前でウサギとカメの紙芝居を読む。ウサギになるの崎山さんでよくない??


 すると、詰所で何やら話し、こちらに案内される面会の人が。.....このあいだのあの人だ。


 私はエレクトーンを引きながら、完全に顔はその人を凝視。ウサギが凝視している奇妙な光景だが、誰も被り物で気にしない。崎山さんが、なにやら手を上げてる。

♪ズンチャズンチャズンチャ あ...私気が散ってずっと走るシーンの音だしてたんだ。


 ゆっくりと、とらくんの車椅子背後へ行く彼はやっぱりあの時の正一さん。

拍手だ.....レクリエーションが終わった。私はウサギのまま、棒立ち。亮さんが

「おいっ暑いだろ」とウサギの頭を引っこ抜いた。


カランカラン―――――

正一さんらしき男性が、持っていたとらくんの入れ歯ケースを落とした。ウサギから出た汗まみれの私の顔を見て....

「.....八千代ちゃん?」


 時間が止まったみたいに、私達は立ちすくむ。私達はお互いに過去の人と思っていたが、現代から同時にあの時代あの場所にタイムスリップした。それぞれの祖父母として。私達は瞬時にそれを理解した....。理解はしたが、今この場所で.....。

正一さんが私に近付いて来る。まだ立ちすくんでいる私は気づけば正一さんの腕の中にいた.....。

「八千代ちゃん.....探したよ」

何も変わらない声 包容感.....。でも、ここは職場。私は職員、まわりには入所者さん達、後には亮さん.....。

「すみません。どうされましたか?」

亮さんが言い放った。私のトキメキは一瞬にして胸の深くへ押し込まれる。

とっさに、正一さんは私から離れ

「あっすいません。探していた友人に似ていたもので。失礼しました。」と言った。


彼は静かにとらくんを部屋まで連れて行った。私には厳しい目が向けられる。

「知り合いか?」

亮さんから。

「はい。たしかにはい。」

私は多少きょどりながらも真剣に答えた。


 まだ昼前、日勤は夕方までだ。私がそわそわしながら過ごしていると、帰るような素振りの彼がいた。私にメモをそっと渡し詰所に会釈して帰った。


+++

八千代さま


今の名前は何でしょう。

八千代さんのお孫さんですか。

僕は松本 賢人けんと

梅野 正一の孫です。


電話番号080-○△□-○△□

+++

背後から気配が

「なんすかそれ?」田中だ。私は田中を睨みつけメモをしまった。

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