これじゃただの記憶喪失

「おはようございます。梅野さん。今日からですね」

私の声かけに反応は...ない。ぼーっとこちらを向く。その顔に私はハッとした。とらくんの面影がある.....ような気がした。


昼休み、食事介助を終え私達も時間差でお弁当をかきこむ。

「そういえば、あんた浅井さんとできてんの?」

いきなり崎山さん、何を?!詰まってむせ返る私。

小さい時に喉にりんごを詰めたりで何度も救急送り、次第に母は私を救う逆さ吊りの技を身につけたらしい。きっと年老いた私は誤嚥肺炎でお陀仏だろう。


「はい?」

私は何にも心当たりが無い。

「時々二人で、帰ってるらしいじゃない。こないだ倒れた時だって、すごい心配そうだったらしいし。いいわねぇ。若者は。ふふふ」

ここのみんなは噂好きで目ざとい。

二人で帰ってたのか。でもあのメッセージ既読スルー.....あっすっかり忘れてたっ。

でも、亮さんに聞けるわけもない。私、なんで既読スルーしてたんですか?って。頭おかしい人でしょ。


夜勤隊に申し送り。亮さんは夜勤だ。

いつも通り業務をこなし、帰ろうとする私に何か言おうとする亮さん。

「さっ帰るぞー。晩ごはん行く?直帰?どうする?」

崎山さんのカットインだ。

私はそのまま崎山さんと帰った。


私には職場で何でも話せるような友達がいない。

田中に聞きたいくらいだが、きっと何も知らない。


私はまたいつか、とらくんのお見舞いに来るかもしれない松本 賢人という人を待っていた。きっと、何か分かるかもしれない。過去の人だとしても、あの日共に命からがら走った彼を忘れたくない。




―――――ある日の休日


久々の現代。コーヒーやケーキが恋しかった私はおひとり様カフェ日和を満喫する。

よく行っていた喫茶店 カサブランカへ。

ばあちゃんがよく言ってた。『レーコー』アイスコーヒーのことらしい。冷珈と書くのか?そんな話を思い出しながら、アイスコーヒーとショートケーキが前に並んだ。

いただきますっ!


いざ、目の前の景色も時代も変わると、あの出来事がどんどん色褪せていくよう。

そんな自分を恨み、寂しく思う。


スマホがなった。

『家にいない?』

亮さんだ...私達の関係って?

『おひとり様カフェ中です』

とりあえず返信する。

『おふたり様にしろ』

え?来るってこと?


もうひとつ、アイスコーヒーが並んだ。

私は何を話せばいいのかわからない。亮さんの出方を見て予想したいところだが。この人滅多に10文字以上の言葉を発さない。


「なぁ」

「はいっ」

「おまえさ」

「はいっ」

「ケーキ好きなんだ」

「はいっ」

終わった。会話が.....。さっぱり分からない。なぜ休みの日にわざわざ私に会いにカフェにまて来たのか。どういうスタンスなのか。この会話からわかりますか?

そうか、私も『はいっ』しか言ってない。よし、話をふるか、いや何の話を.....。

ごちゃごちゃ回りくどいのは苦手な私。ここはそのまま.....。


「あんさ、ずっと話があるって言ってたのなに?」

えーっ?どういうこと?そうゆうこと?私が?

「.....」

「ん?どした?」

なにその、どした?って所々優しげで困ります。

「分からないです。すいません。」

「は?」

出た。冷たいはっ?が

「私実は...この3ヶ月と、去年の秋くらいから3月辺りまで覚えてないんです」

「.....え?記憶がない?」

「はい」

しばらく沈黙の後、涼しい顔で亮さんが言う。

「それ、病気じゃね?」

「はい いぇ、理由はあるんです。たぶん.....。」

あぁさらに訳わからなくしてしまった....

「ふぅん。今日なんか用事あり?」

「これだけです。カフェだけ」

ちょっと笑ったように見えた亮さんは

「じゃ買い物付き合え」

「はい」


私達は、街を歩いた。本屋さん。亮さんは真剣な顔で何やら選んでレジへ。次はスーパー?!ちょっと買い物って、めちゃめちゃ生活の為の買い物に同行?さかなさかなさかなー♪と魚の謎の歌も流れる。


「おまえさ、料理してるか?」

「はい。一応。チャーハンとか、おじやとか。」

ため息をつく亮さん。なんですか?

「今から買う材料で今晩は食え」

ほうれん草

豚小間切れ肉

玉ねぎ

豆腐

しらす干し

トマト

を渡された。


晩ごはん食べに行くとかではなく、材料買ってくれる人って未だかつて居なかったかも。女友達ですら。この人ちょっとやっぱり変?なんだか悪い気がしたので、念の為確認する。

「一緒にどうですか?」

なんじゃこの聞き方は...我ながら酷いと思った。もっと、私作るんで食べて行きませんか?とかあったろうに。

「作れって?」

「いえ、まさか。あっ、家に来るの変ですよね。すいません。」

「いや」

スーパーの袋を奪い取り歩き出す亮さん。

あれ?来るのか家。あっ掃除!まぁ大丈夫かな。私は物が少なくて散らかりようがない男みたいな部屋だから。

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