とらくんの面会者

気がつくとベッドにいた。仮眠室のベッド。

点滴?私の腕に刺さった針からチューブがつながっていて、吊り下げられた点滴だ。


私は起き上がり点滴を押しながら詰所へ。

「あのぉ....」

「わっびっくりした。」

ボサボサ頭の田中が言った。あぁごめんよ。きっと急に呼び出されたんだね...


「おまえ 点滴連れてうろつくな」

亮さんは私を確保し再び仮眠室へ。

「寝てろ。一応ドクターにも診てもらったから。疲労貧血ってさ。」

「すいません。ありがとうございます。あっ亮さん仮眠は?」

「いい」

カチっと電気が消されドアも閉められた。

いくらなんでも、勤務中に倒れて仮眠室占領は出来ない.....。

私はちょうど終わった点滴を抜き、また詰所へ。


「また来たんすか?」

眠そうな田中

「田中 ほんとありがとう。そしてごめん。」

「おまえ、また...おいそれ抜くぞ座れ」

亮さんに針を抜いてもらい、テープを貼ってもらう。

「本当にすいません。私今から帰ります。田中に代わってもらって」

「寝てりゃいいのに.....帰れるか?」

「家ついたら連絡してくださいよ。連絡なかったら誰か向かうっすから。」

「はい。分かりました。」


こうして、私は平成復帰初日を失態晒して迎えた。

戦時下ではきっと気を張っていたんだろう。

生ぬるい生き方に慣れた私にはあの生活は厳しかったのだろう。


家に着き、亮さんに

『無事帰りました。今日はご迷惑をおかけしました。』

仮眠中かもと思いつつ送った。


すぐに『了解』だけ返ってきた。


私は亮さんに接するときは緊張する。とっつきにくいというか、だからプライベートで亮さんとのやり取りは今までほとんど無かったはずが、

?上にスクロールしみてみると.....。


『明日飯行くか?』既読

『大丈夫か?』既読

『おい返事しろ』既読

『家ついたか?』既読


何これ、何これ...全て既読スルーの私。このメッセージはこの一ヶ月くらいたまにあったようだ。私が居ない間も私は居た....誰が居たのだろう?

ばあちゃん?!まさかね。


翌日からは、ばあちゃんのお通夜にお葬式の為実家へ。みんながシフトを調整してくれた。ありがとう。


「大丈夫?なんだか疲れてない?」

母にまで心配された。

私はもう一度あの出征の日の写真を見返した。

懐かしい顔たち。でもやっぱり正一さんは違う顔。


夢だった?そんな訳はない。


+++


それから二週間ほどが経ち、ようやく少しはいつもの調子を取り戻した矢先に遅番で出勤の日、施設を出て行った男性を見て私は立ちすくむ......。

正一さん?

どこか雰囲気というか、似ていた。

入所者さんの家族かな?


気のせいかと思いつつも、訪問者リストを入口でチェックした。


『訪問者 松本 賢人 フリガナ マツモト ケント 

 入所者氏名 梅野 虎吉 続柄  住所 連絡先 』


私は飛び出した。さっき出て行った人がまだいるかも.....居なかった。



梅野 虎吉、とらくんだ。同姓同名の確率は極めて低いであろう名前。

連絡先は書かれていない。

こんな偶然って.... けれどさっきの人は?正一さんに似ている親戚、子孫だろうか。

私はとらくんを確認する為急いで、仕事へ入った。


「おはようございます」

「おはよう 今日新入りさんいるわよ。カルテ見てね〜」

「はい」ヘルパーさんだが、介護職の長い崎山さん。

部下だけど上司のような方。


カルテには、要介護5

一番介護が必要なレベル....

気を取り直し、バイタルチェックへ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る