すすと砂だらけの味

六甲山を超え有馬の田舎へ

国鉄の貨物汽車が走っている。私達はなりふり構わず夜になるのを待ちこっそり乗り込んだ。憔悴しきった私は汽車の揺れと、移動できる安心感からかいつの間にか眠りに落ちていた。


「八千代ちゃん 八千代ちゃん」

正一さんに起こされる。そろそろ降りる場所だと。

速度が落ちてきたら飛び降りよう。私達は手をつなぎ、せーので合わせ飛び降り、勢いよく草むらに転がった。

「いててててて.....」起き上がり歩み寄った私たち。乾燥した草が頭に乗っかり顔はススで真っ黒。安堵の表情を浮かべ見つめあい少しクスっと笑う。


「ここからなら、歩いて帰れるはずだ」

正一さんの声に力が宿ったように聞こえた。


私達はまだ暗い道を手をつないで歩く。

少し寝て気が休まったのか、正一さんの横顔をみる余裕ができた私は時々ちらりと見ていた。

束ねた髪を結んだ紐がずれ落ち、なんともワイルドな容姿。この時代の人にしては長身で小顔.....そういえば、私も川端の家族の誰よりも背が高い。けれど、みんな全くそれを不思議には思わない。


もしかしたら、他の人には私がばあちゃんにみえているんだろうか。四角いエラの貼ったばあちゃんに...正一さんにも?え!私の顔、今、四角いの?急に乙女チックな不安が生じ、気になったので気晴らしになればと、話をふってみた。


「正一さんに、私はどう見えてますか?」

「どうって?」

「その、見た目です。背が高いか、目鼻立ちはどうか」

「とてもべっぴんさんですよ。」

いやいやお世辞の返しではなく...

「そうではなく、具体的にです。」

首を傾げ不思議そうにしながらも素直な彼はまじめな顔でちらっと私を見た後前を向き答えてくれる。

「背は高い。小さい顔で、眉は濃いめ 目は大きめ 鼻は小さくお上品、口は」

ちらっともう一度こちらを見てから

「可愛らしい」

合っている。口が可愛いかは別として.....眉濃いめは笑えるが、少なくともばあちゃんの若い頃とは違う。

「ありがとうございます。」

聞いておいて恥ずかしくなった。

「少し休もう」

正一さんは木の影に座り込んだ。私も横に座る。


「ぼくはどうですか?」

私も照れくさいので前を向いたまま正一さんの顔を思い出しながら言う。

「背が高く、小さい顔、眉は自然に流れていて、目は小さくなく大きくなく強い目、鼻筋も通ってかっこいいです。」

「口は?」

「あっ口は...」

私は正一さんの顔を見ようと横を向くと

正一さんの唇が鼻に触れた。ビックリして下がろうとしたら、顔を斜めにして口づけを。


昭和の男子もやるときゃやるのか?!


ぎゅっと強く抱きしめ

「すすと砂だらけの味だな」と言った。

こんなに汚い姿でキスをした事はない。でも私の人生で一番キレイで美しい口づけだった。


私達はまた少し気力を取り戻し歩いた。

「ほら」私の前へ出ては、かがむ正一さん。しばらく歩く度に私をおぶろうとする。

「大丈夫です。歩きます。」

私はずっと断り続ける。

きっと今にも倒れそうなくらい疲れているはずだから。

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