山へ走れ!
バーンッ―――
父の後に柱が倒れ燃え上がり私たちは通れない。燃え上がる火が揺れる向こう側に見える父の顔をみて泣きそうになる。
父が叫んだ「山や!山の方へ走れ!」
正一さんも叫ぶ「はい!親父さんご無事で――」
正一さんは私の手を引き上を見ながら走り火の粉や何かが落ちてくる度止まっては私を覆った。
しばらく走りヘトヘトの私。必死で肩で呼吸するが鼻も詰まっているみたい.....
近くを走っていた人影があぁ~と言って倒れる、前方にこけて動けない人がいてもみんなそのまま通り過ぎていく。私たちも.....。
ふと横に目をやると、火傷を負ったひとが...「助けてくれ...」としゃがみ込んでいる。
「正一さん」袖を引っ張ると正一は無言で首を横に振った。
ボーボボボボ ボーボボボボ
爆撃機が低空飛行してきた...私は血の気が引く
正一さんは姿勢を低く、音がする度溝に身を隠した。私を入れ自分と羽織でかくした。
何度もそれを繰り返す。
反対側で悲鳴をあげる人たち、機銃掃射の音.....
はーはーはー.....。
息切れを通り越したような荒い呼吸をしながら、暗い中でもわかる正一さんの目が、現代の若者には見たことの無いほどの鋭さを放っていた。私は正一さんの呼吸とともに揺れ、その瞳をじっと見て時が過ぎるのを待っていた。。
爆撃機が去った。
急いで山を目指す。神戸近郊は火の海と化していた。
足が擦り切れようが、砂埃で目が痛く鼻も口もまともに機能しなくなっても走り続けた。
六甲山の入口あたりまで辿り着いた。
何時間歩いたのだろう。
「大丈夫か?」正一さんが黒い汚れた顔で私の顔を覗く。
声も出ず二回早く首を縦にふった。
「日が出たら、山を登ろう。」
私たちは寄り添ってじっと日の出を待つ。
清々しいはずの季節、春が訪れるはずの空気は異常に冷たく、暗い山と荒れ果てた町は、絶望的な景色だった。
こんなにも、こんなにも....私は聞いたり読んだりしたものとは比べ物にならない凄まじさを身を持って感じた。足元もどうなっているか分からない、ただただ前へこけようが、つまずこうが走り続ける中どれ程の亡骸を見ただろう。
動かない小さな黒い足が見えた時は目をそらした。
どうしても、直視できなかった。
正一さんは羽織を私にかけ、肩に手を回し摩ってくれる。私は羽織の右半分を彼の肩にかけた。温かい、ぬくもりを感じ少し落ち着いた
正一さんは私の頭を肩に引き寄せ「ごめん。連れてきたばっかりに」とこぼした。
辺りが薄明るくなって来た。
また立ち上がり、山を登る。辛い山道ではあるが焼夷弾や爆撃機から逃げ回るよりは良かった。
早く田舎へ帰ろう。その一心で足を動かした。
私は平成から来たことなんて忘れていた。今生きるのに精一杯だった。
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