満たされる心

 小屋の中には板の間をやっと照らすくらいの灯火がひとつ揺らめいていた。

 橙色の空間に、二人の影が重なる。

 待ち焦がれていた互いの熱を確かめるように抱き合い、唇を合わせる。

 昼の薔薇園でのそれとは違う、本能のままに求め合う口付けに酔う。ここは二人だけの場所。誰の目も気にしなくていい。


「貴女の全てを僕に見せて」

 八雲の囁きに、私はひと呼吸置き、自身の腰紐をゆっくりと解く。

「全部、あげる」 

 首に手を回し挑むように口角を上げた私に、八雲は息を呑み、そして、噛みつくように口吻をしてくる。荒くなっていく互いの吐息だけが耳に入ってくる。

 そのまま単衣を落とされて床に横たわさせられる。

 私は目を閉じてた。



「もう、や……」

 思わず根を上げたような声を出す。

 八雲は私の体を時間を掛けて隅から隅まで愛撫し、口付けてくる。

「そんなところまで、汚い、から……ぁ」

 私の抗議に聞く耳を持たない。

「大丈夫。蓮水様はどこも綺麗ですよ」

 動きを全く止めようとしない八雲。体の奥にどんどん熱が溜まっていく感覚に身震いする。

「もう、溢れそう……きて」

 私は熱に浮かされて、はしたなくも自分から彼を求める。

 そんな私の恥態に彼も火が付いたように性急になり、私の奥深くに入ってきた。

 もう何も考えられない。

 激流に飲まれるように快楽に溺れていった。

 


***


 限界まで上がりきった熱が徐々に引いていく。ようやく息が整ってきた私の横で、私の髪を指に絡ませ遊びながら、年相応の顔を見せる八雲。

 私はその穏やかな笑顔につい笑みがこぼれる。

「どうかしましたか?」 

 八雲が不思議そうな顔をする。

「貴方のその顔を見せたら、小梅はなんて言うかしらって。いつも無愛想で笑った顔を見たことがないと言っていたから」

「そりゃ口元も緩みますよ。蓮水様がこんなに近くにいるのですから。それに、貴女も笑ってくれている。貴女も滅多と笑顔を見せないじゃないですか。僕はずっとこの顔が見たかったんだ」

 八雲はそう言って私の頬を優しく撫でた。

 私も顔がさぞや緩みきってしまっているだろう。


 こんな私を私は知らない。少なくとも夫と一緒にいる時はこうはならなかった。

 心から欲している相手と触れ合うことの悦びを、ただただ享受する時間。それは、なんと幸せな時間なのだろうか。


 ふいに目頭が熱くなり視界が滲んでいく。

「蓮水様、泣いているのですか」

 私が涙を零すのを見て八雲が焦ったような声で聞いてくる。

 私は未だ私の頬に添えてある八雲の手を自身の手で包み込む。

「私、知らなかったの。これが心が満たされるということなのね。貴方はちゃんと教えてくれた」

 八雲は目を見張り、それから嬉しそうな顔を見せる。

「蓮見様……まだまだこれからです。僕がこれからたくさん貴女を幸せにします」

 八雲は涙で濡れた頬に口付け、優しく抱き寄せる。私は彼の鍛えられた胸に寄り添い、束の間の安らぎを甘受した。

 

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