幕間 腹黒撫子と黒い鳥

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 天明てんめい愛恋あこ

 天明家の四子次女として生を受け、物心つくころには、人に敬われることに慣れていた。両親が築いた地位を、自分のものだと思っていた。兄姉の轍を歩いているだけだったのに、それを己の力だと思っていた。

 東倭とうわ人として、奥ゆかしさや慎ましさは教育され、その自信をひけらかすことは決してしなかった。しかし、彼女の隣に、共に進んでくれる友はいなかった。

 そんな愛恋にとって、唯一の友こそが、雨津笠あまつかさ陽乃美ひのみ。魔力を持たない人間だった。

 陽乃美と出会ったのは、愛恋が13歳の時。陽乃美は、当時東倭ノ国とうわのくにの中でテロ行為を繰り返していたテロ組織の親玉の子供だった。

「魔力を持たないって、それは本当に人間なんですか?」

 捕らえられた親玉と、陽乃美に、愛恋が最初に向けた言葉だった。

「だってそうでしょう? その量や質に個人差はあれど、魔力を持たない人間なんて、聞いたことありません。虫や動物、植物でも、持っているというのに」

 愛恋にとってそれは、本当に、心の底から、純粋な興味だった。

「私、話を聞いてみたいです」

 当たり前ではない、人間。どうして生きているのか。

 しかし、陽乃美の両親……、組織の親玉は、愛恋に対して殺意をむき出しにして襲い掛かってきた。非力な魔力を持たない人間を、魔術で抑えつけることなど容易であり、特に危険は感じなかった。しかし、国の代表たちは、愛恋の身を案じて親玉は投獄し、陽乃美とだけ、接触を許した。

 それから、愛恋は陽乃美と色々な話をした。

 魔力があることが当然の社会において、魔力を持たない人間がどうやって生活しているのか。移動は? 情報収集は? 仕事は? 

 愛恋にとって、陽乃美の話は全く未知のものばかりで、まるでおとぎ話だった。

 同じ年齢だった愛恋と陽乃美は、やがて仲良くなっていく。

「ねぇ愛恋。私をここから出してくれない? 出してくれたら、話をした色々なところに連れて行くから」

 陽乃美がそう言ってきたのは、14歳の時。

 愛恋は、何も分かっていなかった。

「いいですよ」

 そして、陽乃美は天明家の権限で外へと出ることに成功した。

 天明家の分家屋敷で預かられ、愛恋は毎日陽乃美に会いにいった。

 友達がいなかった愛恋にとって、陽乃美ははじめて友達と思える存在。陽乃美のお願いは、出来る限り聞いていたし、彼女からの質問には知る限り答えていた。

 そして、1年前。15歳のあの日。雨の降る日だった。

愛恋は驕っていた。驕っていない、と思っていたことそのものが、驕りだった。

 陽乃美は、いつの間にかΛvisラヴィスと繋がりを持っていた。今考えれば、元々彼女の両親の組織は、魔力を持たない人間だけで構成された組織。Λvisとは近い理念を持っていた。こうなることは容易に想像できたことだった。

「陽乃美! どうしてこんなことを……‼」

 しかし、当時の愛恋にとってそれは想定外の出来事。

 愛恋が薬で眠らされている間に、天明家の分家屋敷はΛvisに襲撃され、家の人間はほとんど死んでいた。

「愛恋。あんたには一生わかんないよ。私の気持ちは」

「そんな……! 私たち、友達でしょう⁉ 大丈夫です、また、天明家の力で――」

 あなたを救って見せる。

 そう言うより先に、轟音が言葉を遮る。陽乃美の放った弾丸が、愛恋の身体を貫いた。

 その手に持っていた魔法道具マギナ・アイテムは、Λvisが開発した兵器。後に東倭ノ国では製造も所持も禁止されることになるもの。

「あッ。あぁあああああッ‼」

「ひ、のみ……、陽乃美!」

 爆発音と共に弾丸を放つその筒は、その筒ごと暴発し、陽乃美の右の手を吹き飛ばした。血と、むき出しでめちゃくちゃに砕けた骨、辛うじてくっついている肉が、今でも愛恋の記憶に焼き付いている。

「あーあー、やっぱダメだったか。失敗失敗」

 白髭を触りながら現れた白衣にゴーグルの男は、吹き飛んだ陽乃美の手をぐちゃぐちゃと、まるでモノでも触るかのように粗雑に扱う。彼女の叫び声は、今でも愛恋の耳に残っている。

「さーてと、ボスゥ、どーする? この女、天明のガキだろ?」

 白衣の男は、弾丸で貫かれた愛恋の傷口を踏みつけながら、カラスの仮面をつけた女に尋ねた。

「連れて行こう」

「あいよー」

 歯を食いしばって、愛恋は魔術を使う。

「うぉ、あっぶねー⁉」

「カラスの仮面――。あなたたちがΛvisですね……! よくも、陽乃美を――ッ‼」

 自分なら、勝てる。

 愛恋はそう思っていた。しかし、現実はそう簡単ではない。

「何を怒ってんの。その女はお前を裏切って、撃ったんだぜ?」

「――……」

「ナチュラルに見下されててつらいってさ。まーしゃーねーと思うぜぇ? だって、天明のお嬢様と魔力のないザコじゃ済む世界が違いすぎる。お嬢様が気が付かないのも、仕方ないさ」

 痛みか。悔しさか。

 瞳からあふれる涙の理由は、そのときは分からなかった。しかし、愛恋はごちゃごちゃと考えるより先に、言葉を投げつけるように放った。

「でも! 私は、楽しかったんです!」

「はぁ?」

「陽乃美と過ごす日々は、陽乃美にとっては辛い日々だったかもしれませんけど、私は、楽しかったんです。初めての、友達で!」

「おうおう。なーんにもわかってないじゃないの。そういうのがダメだって……」

「私は! 天明愛恋です! 何があっても! だから、開き直ります」

「ははは! いいねぇ! やけくそか? 面白いなぁ!」

「陽乃美。ごめんなさい。あなたに辛い思いをさせていたなんて、思いもしなくて。だったらもういい。これが終わったら、あなたの思うように生きてください。でも、いまだけは、私に、戦わせて欲しい」

 陽乃美の返事はいらない。愛恋にとって、これは、ただのわがままだから。

 愛恋は、全身に魔力を巡らせた。

 そのとき。

 バン、と勢いよく身体が吹き飛ばされる。内側から。

「――⁉」

 状況を理解するのに、時間がかかる。理解するより先に、白衣の男が高笑いしながら説明をしてくれた。

「大成功だ‼ 驚いた? 驚いた⁉ ねぇ、驚いたよねぇ‼ その身体に撃ち込まれた弾丸は、魔力が流れると自動で爆発するようになってたんだよね‼ つまり、対魔術師殺害用特殊弾ってこと‼」

 いたずらに成功した子供のようにはしゃぐ彼の、言葉の断片しか理解できなかった。

 愛恋の左の脇腹は、大きくえぐれていた。

「おいパドック。死んだらどうすんだ」

「こまけーこと気にすんなよ、ボス。オルにどうにかしてもらえばいいだろぉ?」

 治癒術式も、痛みと出血で混濁する意識では上手くできない。

 死ぬ?

 愛恋は、これまでぼんやりとした概念の知識でしかなかった、死を感じた。

「ぼちぼち引き上げるぞ。天明の術師が来たら厄介だ」

「あいあいさー」

 白衣の男が、私を担ぎ上げようとしたとき。

「うご、くな……!」

 陽乃美が、残った左手で、さっきと同じ武器を白衣の男に向けていた。

「あ? あー。俺が持ってた予備か。いつの間に取ったんだか……」

「愛恋を……、放せ!」

「ひ、のみ……⁉ ダメ、その、武器を使ったら……!」

「そうだぜ? 高確率で暴発しちまう。まぁ、それを分かって間に合わせで作ったからな! お前みたいな一ミリも魔力を持ってないザコで実験できてよかったぜ?」

 朦朧とする意識。おぼろげな視界。でも、陽乃美の手が震えているのが、愛恋にはわかった。

「やらせない……!」

 口は動くのに、身体が動かない。

「撃てねぇだろ? 人に教育するのに一番いいのは、痛みを与えることだからなぁ?」

 私を貫くのと同じ轟音。

 そして、再び弾け飛ぶ肉と血。

「あ……?」

 その弾丸は、白衣の男の心臓を貫く。

「い……たい。けど……、このまま……、愛恋と、……別れるよりはマシ!」

「陽乃美……」

 しかし、心臓を貫かれた男は、けろっとしていた。

「あー。そういう、しらけるなぁ」

「なんで……‼」

「強い武器を作ったらぁ……、それに対抗する手段を用意するのが、研究者の基本だからね?」

 服の下に、魔術式が刻まれた服を着ていた。

「さてと。両手が吹き飛んだテメェには何もできないだろ」

 笑いながら近づく白衣の男。しかし、彼に仮面の女が指示をだす。

「天明家の本陣が来る。パドック、撤退だ」

 白衣の男の顔から笑顔がすっと消える。そして、また笑いだして、返事をした。

「ひぃ、タイミングわるいなぁ。ま、ボスの言うことならっと」

 仮面の女が、掌を地面につける。すると、瞬く間に魔法陣が展開されていく。

「じゃっあね! 生きてたらまた会えるといいね!」

 そのとき。

「⁉」

 陽乃美の身体が、急に仮面の女の方へと引き寄せられた。

「天明の末娘」

 そして仮面の女は、何かを書いた紙を愛恋に投げた。

 己の実力を過信し、自分ならばいざ知らず。しかしてΛvisは、人の心の弱みに付け込む。

「返して欲しければ我々の駒になれ」

「愛恋!」

「陽乃美‼」

 フッと、消えてしまう。

 その後、やって来た天明家の治癒術師によって、愛恋の傷は治った。特に傷跡が残ることもなく、少し休めば、すぐに動けるようになった。

 そして愛恋は、渡された紙に書かれた番号に、通話をすることになる。


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