第21話 魔術オタクと黒い鳥 Ⅲ
倉庫に近づくと、なにかを感じた。魔力で出来た膜のようなものを通った感覚。
「!」
接近に反応するように、砂の中から現れる、無数の人影。人であるのに、人の雰囲気を感じないそれらを、俺は知っている。
「
オルベリアンの奴隷、屍人。禁術を用いて作り出される、死霊魔術の最悪の成果。
唸り声を上げながら、目も虚ろなそれらが襲い掛かる。
「くそっ」
振り下ろされる腕をかわし、かわし、かわす。
屍人は、厳密には
「うぅ、……あ、あぁ……。たす……、けて……」
奥歯を噛みしめて、身体をぶつけて突き飛ばす。
「ごめん」
彼らは、いわゆる廃人。精神を病み、心を失った生きた人間。オルベリアンは、その彼らに死霊の魂を無理やり入れて、この屍人を作った。
即ち、通常の死霊魔術で使役される死霊とは明確に異なるのは、生きているということ。
「あ”ぁ……っ、あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁぁッ‼」
腕の一振りに合わせて、魔力弾が放たれる。
跳んでかわす。
「邪魔だ……っ」
生きた人間をベースに、魔力の塊である死霊の魂を入れている屍人は、一時的に膨大な魔力と、魔術を使える。身体に
「「「「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”‼」」」」
すべての屍人が一斉に魔術を放つ。魔力弾、火炎弾、氷結弾、電撃弾、斬撃、爆撃、衝撃波、音波……。お互いがお互いを意識せずに放つそれらの攻撃は、味方のはずの屍人同士傷つけあいながら、俺に向かってくる。
「――くそッ!」
歯ぎしりしながらも、危なげなくその攻撃をかわす。
攻撃をかわすことは容易だが、こんなところで魔力を消費して
「オルベリアン……ッ」
この最低な魔術に怒りを煮えたぎらせつつも、頭の中では冷静に取捨選択してしまう自分がいる。そして、選ばれる答えはシンプル。
「クソォオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアッ‼」
彼らを救う術を持たない己に慟哭する。
持たざる人を救うという夢の過程、矛盾を孕む選択を、超えなくちゃいけない。
拳を地面に突き立てて、大きく息を吐く。
「――――――、ごめんなさい」
立ち上がって、杖を顕現させる。
剣の形状に変化させ、砂浜に突き立てた。
右手を顔に当て、目を瞑る。
――
「『
人を攻撃できなくなっても、世界を巡る旅を止めたくはなかった。
「『我は
母さんは、俺の気持ちや事情を知った上で、しかし、その弱点を克服せよ、と言った。
「『
自分一人でも生き残れるようになりなさい、と。
「『我が
自分が生きるために、他人を殺せるようになりなさい、と。
「『我が
そのために、俺が生み出した魔術。文字通り、俺の必殺技。
「『
右手の甲に、禍々しい十字架が浮かび上がる。
「固有術式……、『
身体に、力が漲る。
「『
ゆっくりと目を開く。
瞳は、赤黒く、光る。
ゆらりと倒れるように一歩。
右足を踏み込んで、屍人の群れへと突っ込む。
すれ違いざまに5人殺す。
振りかぶられた右腕を斬り飛ばし、そのまま首を刎ねる。
死体を蹴り飛ばして背後にいた屍人と距離を取り、同時に足場にして宙に。
ひねりながら3人殺して、着地。
死体と血しぶきで身を隠して一呼吸。
姿勢を低く、足を斬り落とす。
腰の高さにある首を切断し、遠くの屍人に蹴り飛ばす。
死体が崩れていくより早く、距離を詰め、斬り殺す。
術を発動して、程なく。全ての屍人を殺しつくした。
大きく息を吐いて、魔術を解除する。
白かった砂浜は赤黒く染まっていた。身体中に浴びた血は生ぬるくて気持ち悪い。
そう思えてよかった、と安堵する。
剣を置いて、正座し、目を閉じ、手を合わせる。
命を選んだ。
自分と他人を天秤にかけて、自分を選んだ。
言い訳はしない。それは事実。
それを抱えて、背負って生きていく。その覚悟を決めるための祈り。
「絶対に、こんなことは止めさせる」
死体の中を前進して、倉庫の入り口にたどり着く。
『
探査なしで突っ込む他ない。
「上等だ」
屍人兵が出てきたということは、どうせ俺がここにいることはバレている。
剣を握りしめ、口角を吊り上げて、倉庫の中に足を踏み入れる。
ひやりとした闇の空気の感触。人の気配はない。しかし、あれだけの屍人兵がいたことを考えると、何もないとは考えづらい。
すると、奥から人の足音が聞こえてきた。
徐々に、闇の中から姿を現す。黒い天然パーマの優男。ブレンが言っていた男だろう。やがてその顔も見えてくる。
「お前⁉」
それは、5年程前に、連続猟奇殺人を行った快楽殺人犯。女性を甚振ることに興奮を覚える変態で、その趣味が行き過ぎた結果、相手を殺すことに快感を覚えた男。こいつに殺された女性はみな、身体のパーツのどこかが行方不明らしい。指名手配されたが捕まっておらず、今も野放しになっている有名人。
「グーリア・オ・フィヌ……!」
「僕を知っているとは。光栄だな」
行方知れずで、一部では死亡説も出ていたが、まさかΛvisにいるとは。
「テメェみたいな犯罪者がなんでのうのうと駅使って街歩いてんだよ」
「いやぁ。人の多いところだと意外とバレないものだよ」
「マリアはどこだ?」
「お楽しみだよ」
にこやかな笑み。
すかさずに斬りかかる。
「冗談を笑って流せるほど余裕はない」
グーリアは俺の腕を受け止めつつ、余裕の笑みを崩さない。
「いいねぇ」
ゾクッと背筋をなめるような悪寒。
すぐに距離を取る。
「
膝をつき、地面に手を当てる。魔法陣が現れ、そこに右腕を突っ込んだ。
「フフフフ……、アハハハハハハハハハハ‼ その必死な目! ダメかもしれないなァ‼ 殺したくなっちゃうぜェェエ‼」
引き抜いた腕には、腕輪と、鎖。そして。
「人の、首⁉」
鎖の先には、人の、女性の生首が風船のようにつながっていた。
「まぁでも、君を殺した罰として、ご主人様に殺されるのもイイ……ッ‼」
グーリアは恍惚の表情で語る。
「ダメだァ……。想像しただけで軽くイってしまいそうだ」
「クソ変態め」
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