第19話 魔術オタクと黒い鳥 Ⅰ

 休日の、人でごった返す転送魔法陣起点駅マギナ・ステーション

「マリア嬢が攫われマシた‼」

 その喧騒の中で、刺さるように耳に聞こえる声。言葉の意味を理解するのに、時間を要する。

「マリアが⁉ どういうことだ……⁉」

 マリアを攫ったのはアレイで、そのアレイが持っていた贄棺クリフィスは俺が持っている。でも、ブレンは今駅の方からこっちにやって来た。アレイとのやりとりを見てたとしても、こんなに早く駅に到着するわけがない。

 混乱しそうになる脳を理性で抑えつける。

「黒い箱に吸い込まれて!」

「それは、こんな箱か?」

 贄棺クリフィスを見せると、ブレンは頷いた。

「それ! それデス! じゃあ、金髪の女と黒髪の男が、その箱にマリア嬢を吸い込んだの知ってたんデスか⁉」

 金髪の女と黒髪の男……⁉ どうやらアレイとオルベリアンのことではないらしい。と、なると……。

「まて。まってくれ、ブレン。詳しく話を聞かせてくれ」

 足を止めて振り返る。アレイたちの気配はない。

 状況が思っている以上に深刻であり、そして相手の策にまんまとハマっていることを悟り、ギリ、と奥歯を噛みしめる。

「実は、カイヤがマリア嬢とデートすると知って、様子を見に来たんデス」

「おい」

「で、中央の広場のところで二手に分かれたじゃないデスか」

「おいおい」

「なので、ワガハイはマリア嬢を、たまたまここに来ていたジョーはカイヤを、って手分けして後を追ったんデス」

「おいおいおーい。立派にヤバいやつじゃないか君ィ」

「で、マリア嬢が自販機を探していたときに、短い金髪に目隠しをした女の人と黒髪の天然パーマの優男が声をかけてきたんデス」

「!」

「遠かったのと、他の人の声で何を離しているのかまではわからないんデスが。最初は抵抗していたマリア嬢が、何か話した後、素直に2人に連れられてこの駅のあたりまで来て……」

「それで、マリアはこの黒い箱に吸い込まれたのか?」

「はい」

「その後、その金髪と黒髪はどこ行ったんだ?」

「それが、その場から急に消えたんデスよ」

「転送術式か」

「それにしてはあまりにも早かったんデスよね」

「早かった?」

「移動が早かったんデスよ。術式の展開もしてないかもしれないってくらい」

「具体的にどれくらいだったか覚えてるか?」

「えーと。マリア嬢が箱に入ってから、2人が消えるまで2分もかからなかったと思いマスよ。術式展開してる様子もなしに」

「んなアホな……」

 転送術式は、魔力の量、書く術式の量、複雑さ、どれを取っても高難易度。加えて、転送するものが複雑であればあるほど難易度は上がる。人間は、ひとり転送するのでも骨が折れる。それに、複雑であればあるほど魔力の消費量は上がる。普通に転送術式を使うのは、あまり効率がいいことではない。転送魔法陣起点駅マギナ・ステーションが交通システムとして重宝されているのがその証拠である。

「人間2人の転送なんて、どんだけ熟練の魔術師でも5分くらいはかかるはずだぞ」

「そりゃそうなんデスけど。でも、見たことない魔術師でした」

 正規の魔術師で、そのレベルの魔術が扱える魔術師は間違いなく世界的に有名なはず。であれば、ブレンが顔と名前を知っていてもおかしくない。そうではない、ということは間違いなくΛvisラヴィスの仲間。

 Λvisの恐ろしさは、その魔術レベルの高さにもある。並の魔術師では一般構成員ひとりにも太刀打ちできない。違法な薬物で魔力を増強したり、魔術式刺青マグナ・タトゥーを入れていたり、色々な方法でブーストしている場合がほとんどだが。

「いや……。それにしても、転送術式をそのレベルで使うなんて……」

 加えて、この状況。恐らく、俺の頭の中で思い描いている通りだろう。

 アレイの持っていたこの箱はハズレ。最初から本命はブレンが見た黒髪の男と金髪の女の方。どんなからくりを使ったのか分からないが、黒髪と金髪だけでマリアを攫い切る確信があっての作戦だろう。

「カイヤ?」

 やられた。これ以上ない敗北だ。

「ブレン。悪いけど、お前は学校に戻ってこのことを知らせてくれないか」

「まさか、カイヤひとりで追うつもりデスか?」

「説教は後で聞くし、退学でも何でも好きにしてくれて構わない。間違いなく、敵はΛvis。一度逃がしたら、もう見つけるのは不可能だ」

「Λvis⁉ なんでそんなことわかるんデスか⁉」

「説明はあとだ。今は時間が惜しい。だからブレン。頼む」

「そんな、頭を上げてくだサイ。そんなことをされなくても、ワガハイは協力したいんデスけど……」

「どうした?」

「いや、実は、駅を使うほどの魔力が残ってなくて」

 転送魔法陣起点駅マギナ・ステーションは、移動距離によって消費される魔力の量が異なる。このアミュールドショッピングモール駅から、ノアスクシーまではそれなりの魔力が必要になる。俺の魔力では移動できない距離であり、来るときはマリアに俺の分も肩代わりしてもらってここまで来られた。

「――、このモールで、そんなに魔力を使ったのか?」

「いえ。ほとんど使ってマセンよ」

 しかし、ブレンの魔力量なら片道くらい余裕だろう。魔力は時間経過で回復する。俺たちがここに来て2時間くらい。それだけあれば、ここへ来るまでに使った魔力が回復するには充分……。

「もしかして……!」

 とある考えが浮かんだ。確かめるため、人でごった返す駅の中へと向かう。

「ちょっと、カイヤ? どうしたんデスか?」

「なんとなく、わかった」

 人々の喧騒。特定の情報を意識すると、それに関係する事柄だけ聞き取りやすくなる。

「こんだけ人が多いのは、休日だからだと思ってたけど違うっぽいな」

「どういうことデスか?」

「ブレンと同じように急な魔力不足に陥ってる人がかなりいる。そうか、そういうことか」

 魔力不足になってるのは、アミュールドから見て南西方向に行くための転送魔法陣を使おうとした人たち。その方向にある次の駅は。

「ブレン! 魔力が戻ってからでいいから、学校に戻って伝えてくれ。俺はトトンドに向かう!」

 南西の街、トトンド。海に面した港町である。この街の特徴は港町ゆえの活気。転送魔法による物流や人の流れが一般化した後も、魔力を使わずに大量に物資を運搬できる手段が潰えたわけではない。港には貿易船や漁船が停泊し、エイギリアイム国内で最も近隣諸国からの人々の往来が激しい。それは即ち、この国で一番簡単に侵入できるポイントであるということ。

「えっ、ちょ、カイヤ! ひとりで行くつもりデスか⁉」

「勝てるとは思ってない。でも、行方を完全にくらまされる前に追わないと。目的は分からないけど、まずあいつらに捕まってロクな目に合うわけない」

「それでも無謀デスよ! ある程度方向が分かったのかもしれマセンけど、もし罠だったら? 待ち構えてたらどうするつもりデスか⁉ 第一、結局どうやって転送術式を使ったのかもわからないのに……」

「それでも――‼」

「まぁまぁ。落ち着いてください、凱也かいやさん。その方の言う通り、ひとりで行くのは無謀です。いつも冷静なあなたらしくないですよ?」

 駅の人混みの中から姿を現したのは、黒髪の少女。可憐な雰囲気を纏い、所作に華のある、東倭語でいうところの大和撫子。

愛恋あこ⁉」

 アルクライン、ロウリアインに並ぶ、天明家の魔術師。ノアスクシー魔術学園における最高レベル、Aクラスに筆記主席、魔力次席、総合トップで合格した才女。天明てんめい愛恋あこである。

「愛恋もここに来てたのか?」

「はい。偶然ですね」

 愛恋はにこりと朗らかに笑う。

「さて、凱也さん。状況はなんとなくわかってます。私も同行しましょう」

 確かに、Aクラスの彼女がついて来てくれるのは、心強いのだが。

「危険だ。いくら君でも、相手はあのΛvis。何があるかわからないのに、関係ない君を巻き込めない」

 すると、愛恋は首を横に振った。

「私も、少しΛvisには因縁がありまして、ね」

「……」

 その表情と、声色でなんとなく察する。

「わかった。でも、無茶だけは絶対にしないでくれ」

「こちらのセリフですよ?」

「そうと決まれば、早速行こう」

「早速って、どうやって行くつもりデスか?」

「それは私にお任せくださいな。『出でよ、覇魔羅はまら』」

 呪文詠唱によって、愛恋は杖を顕現させる。しかし、その杖は杖というよりもどう見ても筆。その筆先は、墨をつけた訳でもないのに、黒く染まっていた。続いて、1枚の紙を取り出す。長方形のその紙は、東倭式の魔術にはよく用いられるもの。

「おふだってヤツデスか! 初めて見マシタ!」

 愛恋は、そのお札に筆でさらさらと文字を綴る。

「さて。『鶴翼かくよく……、顕現けんげん』」

 お札が光に包まれ、ゆっくりとその光が形を変える。やがて、大きな折り鶴が光のなかから姿を現した。

「乗ってください。飛びましょう」

 周囲の人々は、俺たちを指さしてあれこれ話している。

「ああ!」

 ぶわっと風を蹴って、鶴は宙に浮く。

「カイヤ! 絶対にそっちに行くので、死なないでくだサイ!」

「頼んだ、ブレン!」

「行きますよ。しっかり捕まっててくださいね!」

 そして、ある程度の高さまで上がった折り鶴は、首を前にして、竜のような形態に変形。俺と愛恋は、トトンドへと向かった。

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