第18話 魔術オタクと最悪なデート

  ドン、ドン、ドン。と、衝撃が伝わるくらいに弾む心臓。凍り付いたように固まった脚。滝のように流れてくる汗。声が出ない。

「7年ぶりか? デカくなったな」

 口調は穏やかだ。

 しまった。しまった、しまった。フードコートのオルベリアンに気を取られて、アレイが目の前からいなくなったいることに気が付かなかった。

「なぁ? 才賀さいが凱也かいや

 優しい、淀みのない、しかし、その裏に、奥に、確かにある重く深い闇を感じさせる、そんな声。忘れもしない。あのときもこうだった。背後から聞こえてきた声は、この声。

「お前……ッ! アレイ――!」

「おっと。余計なことは言うなよ? 俺もこんな公衆の面前で騒ぎは起こしたくねぇ」

 肩に手を置かれる。

「積もる話もある。ちょっと顔貸せよ。久々に話そうぜ、オルと3人で、さ」

 震えを悟られないように、なるべく冷静を装う。

「なんの、用だ。何しに来た、テロリスト」

「随分な言い方だなぁ。俺はお前と仲良くしたいんだけど」

「俺は、そんなの、ごめんだね」

 視界がぐるぐると回って見える。自分が話す声が間近で聞こえる。でも、何を言っているのか理解ができない。頭と別々で、勝手に口だけ動いているようだ。

 すると、今度は急に肩を抱かれる。

 ひやりと冷たい。

「ヒャハハ、マジであんときのガキじゃん。お久~」

 白い髪と白い顔。対照的に穴のように黒いクマと、すべてを吸い込むような黒い瞳。

 脳味噌の中心まで刺すように凍てつかせる、声。

「……オルベリアン」

「いい目してんね。そんなにオレたちが怖いかァ?」

 怖くねーよ、と強がれるほど、強くはない。心の中で、はかなく消え去った言葉。沈黙が、何よりの答えになってしまった。

「おっさん。コイツどうすんの?」

「そうだなぁ。まぁ、別にここでコイツを殺すのは簡単だが、計画に支障をきたすかもしれねぇし……」

 アレイが、俺に耳元で囁く。

「ここで俺たちに会ったことは黙っておいてくれないか?」

 押しつぶされそうな、プレッシャー。

 しかし返答はそんな気持ちとは関係なく、口からこぼれていく。

「今度は、この国で、何かしでかすつもり、なのか?」

「そうだなぁ。お前が言いたいことはわかるよ? だったら黙っておけないってだろ?」

「あたりまえ、だ」

「ノアスクシーにいるんだってな。お前」

「なんで、そんなこと……」

「あのアルクラインの娘と同じクラスだって」

「――‼」

「今日、ここにいるんだろ? アルクラインの一人娘……、マリア、とか言ったか」

「なに、を」

 アレイが見せてきたのは、15センチくらいの、箱。

「これ、なんだと思う?」

 点と、点が、結びつく。

贄棺クリフィス――‼」

 人間を、生きたまま閉じ込め、小型化して持ち運ぶことが出来る魔法道具マギナ・アイテム。生贄を必要とする召喚魔術や大規模魔術を使う際に用いるもの。

「ノアスクシーに侵入するのは難しい。制服を着てると、防御術式のせいでコレは使えないからな」

 箱に手を伸ばす。

 それより早く、オルベリアンのナイフがひやりと首に触れる。

「わかるよな? お利口だもんなァ?」

 歯ぎしりしながら、ゆっくりと伸ばした腕を下ろす。

「マリアを返せ」

 少しずつ、頭が晴れてきた。

「そりゃ無理だ。俺たちがここにいる目的はこれだからなぁ」

 身体も、抵抗なく動く。

「ヒャハハ。残念だなァ、ガキ。お前が出来るのはここから尻尾巻いて逃げるだけだぜ?」

 視界も、ずっとクリアだ。

「あいにく、贄棺クリフィスはこれ1個しかない。お前を捕まえる余裕はないから――、黙っててもらえないんなら殺すしかないんだが」

 恐怖心が消えたわけじゃない。まだ、怖い。

「どうなんだ? 才賀凱也」

 でも、自分が何をするべきかはわかる。

「お利口さんならわかるよなァ?」

 息を吸って。

「ああ。そうだな」

 吐きだす。


 瞬間、肘をオルベリアンの腹に撃つ。

「ぐァッ⁉」

 こんなやつでも、人に攻撃するとやはり力が抜ける。しかし拘束が少し緩んだ。

 拘束を抜けて、ナイフを持った腕を掴む。

 今肘に掌底すればこんな細腕簡単に折ることが出来るが。

 殺伐とした思考に対して、身体がついてこない。

 仕方なく、彼女を背負って投げる。

 そしてすかさず距離を取り、アレイ、オルベリアンのどちらも見える距離を保つ。

「答えはこうだ。マリアは、返してもらう!」

 アレイから殺気が放たれる。オルベリアンも、このくらいで伸びるようなヤツじゃない。すぐ立ち上がって、こちらを睨みつけてきた。

 周囲からは、困惑する人々の声がする。

「……はぁ」

 ため息ひとつ。アレイは贄棺クリフィスを掲げてみせた。

「これを壊せば、中の人間も死ぬぞ?」

 冗談じゃない。本気で言っている。それはわかる。

「壊せないだろ。お前たちの目的がマリアなら、殺すことはできない」

 不幸中の幸い、か。狙いがマリアであるならば、マリアが殺される可能性は限りなく低いとみていいだろう。じゃあ、なぜマリアを狙ったのか。

「目的はなんだ?」

「教えるわけないだろ」

 そういってアレイは箱を懐にしまった。

「あーもう。お忍びの任務だったのによ」

 俺たちの様子を遠くから見ている一般の人たち。これなら、警兵が来るのも時間の問題だろう。ということは、コイツらのやることはひとつ。

「オル。逃げるぞ」

「あァ⁉ ッけんなよ、コイツひっ捕まえてまた拷問してやらねェと気が済まねェ‼」

 オルベリアンの趣味の悪さは、自分が直接殺すことより、他人の精神的に追い込むことに興奮するというところ。己の手は汚さず、罪のない人々同士が殺し合う様を見て楽しむ。そういうヤツ。

「クソガキが。オレにたてつくとどうなるか、思い出させてやるよ……。昔みてェに吐くまで追い込んでなァ‼」

 アレイが、一歩踏み出したオルベリアンの肩を掴んで抑える。

「オル」

 距離を取っていてもわかる。味方でもお構いなしに威圧するような声。

「チッ。わかったよ」

 流石の彼女も引く意思を見せる。

「逃がすかよ!」

 猛烈に走って距離を詰める。

 オルベリアンは俺の顔めがけてナイフを突き出す。

 それは読めていた。

 刃先まで数センチ、ギリギリのところでスライディングしてかわす。

 狙いは最初からひとつ。

 勢いのままアレイに突撃。

「くっ⁉」

 ただのタックルでくるとは思わなかったのか、アレイはバランスを崩し、贄棺クリフィスを離す。

 手を伸ばしてキャッチする。

 そしてそのまま死ぬ気で走る。

 南端の出入り口から出れば、すぐに転送魔法陣起点駅マギナ・ステーションだ。

 人混みを駆け抜け、一気に目的地へ。

「カイヤ!」

 すると、駅のほうから声をかけられた。

「ブレン⁉ なんでここに」

 そこにいたのは、私服姿のルームメイト。

「エエト。詳しいことは後にシテ、それよりヤバイんデスよ‼」

「なんだよ」

「マリア嬢が攫われマシた‼」

「――は⁉」

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