第17話 魔術オタクと……デート? Ⅱ
「もー! なによあの女! なーにが『こんなとこで油売ってていいんですか? さっさと帰って勉強した方がいいのでは?』よ! いちいちかまってきて鬱陶しいわね!」
「まぁまぁ。落ち着けよ」
フードコートで見つめ合ったまま固まっていたら、どこからともなく現れた愛恋が声をかけてきた。そこでいつものようにマリアと小競り合いをし、言い負けたマリアが俺を引っ張ってその場を後にして……、今に至る。
「そういえば、マリアと愛恋は知り合いなのか? 同じ御三家だし……」
と、そこまで言って口を止める。
家のことについて、どこからタブーなのか分からないということを忘れていた。というか、そのせいで見つめ合うことになったのに。
己の間抜けさ加減を呪いつつ、恐る恐るマリアの回答を待つ。
「存在は聞いてたけど、会ったことはなかったわ」
「へぇ」
セーフ。
「そうだわ。ねぇ、アンタの話も聞かせなさいよ」
「俺の話?」
「さっきから私の話ばっかり話させられてる気がするから。世界中旅してたんでしょ? なら面白い話のひとつやふたつあるんじゃないの?」
彼女の期待に応えられるような話があるかは分からないが、フードコートの最後のくだりに戻るよりはいい。
「まぁ、なくはない、かな」
「でしょ? じゃあ聞かせて」
「別にいいけど……。そんな面白いもんでもないと思うぞ?」
「そんなことないわ。私、この国の外に出たことないから」
意外だな、と思う。しかし、それが口から出るより速く、そりゃそうか、と蓋をする。
魔術師は基本的にその国や土地に根付く。だから母さんは
俺たちは中央の噴水広場、銅像の足元にあるベンチに腰掛けた。
「じゃあ、アラアッシュ砂漠の迷宮の話でもしようか」
「アラアッシュ砂漠って世界最大砂漠よね? そこに迷宮なんてあったの?」
「うん。っていうか、そもそも、母さんがなんで世界中を旅してたか、って話からするんだけど――……」
「へー! じゃあ、迷宮の奥には伝説通りお宝があったの⁉」
「あった。まぁ、そんな沢山じゃないけどな」
「すごいわね! そのお宝はどうしたの?」
「母さんに迷宮の調査を依頼した国に少し、近くの貧困層に半分、自分たちの儲けとして残り、って感じかな」
「流石は
さっきのことは忘れて、今はすっかり楽しそうである。単純なヤツで助かった。
「じゃあじゃあ、それだけ色々なところを巡って来たなら命の危機とか、なかったの?」
「あったよ、沢山。怪物に襲われたことも、盗賊に襲われたことも……」
「……? どうしたの?」
「ん、あぁいや。思い返してもよく生きてるなーって」
「一番危険だった話は?」
それは間違いなく、
「ちょっと! 本当にどうしたのよ。ぼーっとしちゃって」
「一番危険な話、どれかなって考えてて。どれも危険だからさ」
「そんなにぃ? 一番くらいすぐに思いつくんじゃないの?」
「うーん。じゃあ、ロウリアインで遭難した話かなぁ」
「ロウリアインで遭難?」
「そう。ロウリアインの北の方、吹雪がすごいんだけど。かくかくしかじかで、そこで遭難したんだよね。しかも俺ひとりで」
「アンタひとりで⁉」
「いやー、あれは本当にひどい体験でさ――……」
「それは、よく生きてたわね、アンタ……」
「だろ? あの体験以上に辛いサバイバルなんてもうないと思うね」
「でしょうね」
俺の話に合わせるように一喜一憂。落ち着かないヤツだが、しかしそんな在り方が楽しそうであるとも思う。
「マリア、俺はお前が羨ましいよ」
「は? 何の話?」
「いや。他人の話にそんなに一喜一憂できるのがさ。羨ましいなって」
「羨ましい?」
「俺は昔から色んな国を回って……。それはいい経験だったことは間違いないんだけどさ、友達とわいわいやったり、子供らしく遊んだりしたかったな、って。そうすれば、もっとこう、子供みたいにひとつひとつに一喜一憂できる素直な反応できるのかなと」
「それ、私が子供っぽいって言いたいわけ?」
「いや、違うよ。でも、たまに思うんだよ。もっと年相応の生活をしてたらどうなるのかなってさ。もしそうしてたら――」
「バッカじゃないの?」
マリアが吐き捨てるように遮った。
「バカだバカだと思ってたけど本当にバカね」
「なんだとぅ?」
「過ぎたことを気にしても仕方ないでしょ。こうだったら、ああだったら、なんて気にするだけ無駄よ。それならこれからどうするかを考えなさいよ」
「いや、まぁ。それはわかってるけどさ」
「それに、今出来てるじゃない」
「え?」
「友達とわいわいやったり、子供らしく遊んだり。アンタはルームメイトとか、クラスの友達となんか話してるでしょ? いっつも。それに、毎日私と戦ってるし。戦闘狂のアンタにとっては一番の娯楽じゃないの?」
「……」
「それに、私から見ればアンタは充分ひとつひとつのことに一喜一憂してるでしょ。魔術の話をしてるときとか、人に子供っぽいとか言えないわよ、アレ」
「そんなにかぁ……?」
「まぁ、とにかく。昔を懐かしんで嘆いても仕方ないわよ。なら、昔出来なかった、やりたかったことは今やればいいじゃない。それだけの話でしょ」
マリアは立ち上がった。
「さて。何か飲み物買って来るわ。何がいい?」
「……お茶で」
「わかった。荷物見ててね、じゃ」
人混みの中へ消えていく彼女の背中が、とても頼もしく見えたのは、絶対に言うまい。
行き交う人並み。
視界の端から端へ、休みなく入れ替わる。
「遅いな」
飲み物を買いに行ってからもう30分。広いモールだし、マリアだし、まぁ迷っている可能性もなくはない、が。
身体の奥で、何かが引っかかる。
「探しに行くか」
嫌な予感がした。
幸い買い物はあまりしていないから、荷物は多くない。マリアに買ってもらった服の代わりに、制服が入っている紙袋を持って、ベンチから立ち上がる。
真っすぐ南に歩いて、すぐ。
「なんだ。自販機あるじゃん」
「マリアー?」
周辺にマリアの姿はない。
スマホで連絡を試みるが、反応がない。
「迷ったのか、アイツ」
迷子センターに行って放送してもらうしかなさそうだ。
「いや、でもアイツ名前が知られてるからなぁ……」
なんて放送してもらおうか。
そんなことを考えながら、踵を返してモールの中央付近にある案内センターへ向かう。
その一瞬。
「‼」
記憶の中の、一番冷たいところに触れる、後ろ姿。
思う言葉がそのまま口から漏れる。
「Λvis⁉」
噂をすれば? そんな可愛いもんじゃない。
頭の中で、結びついてはいけないもの同士が近づく。
「まさか……⁉」
どさり、と袋を落としたことにも気が付かない。
見間違いなら、それでいい。勘違いなら、それでいい。いや、そうでなくてはならない。どちらにしても、確かめなくちゃならない。
ギシギシと身体が軋む感覚に抗う。幼少期の恐怖心が、トラウマが、俺を止めようとする。じゃあ、何が俺を進ませるのか。
分からない。でも、止まらない――、止まれない。
人の流れに乗って、彼の後を追う。
見間違いであってくれ、見間違いであってくれ、見間違いであってくれ。
後ろ姿を視界に捉える。
長身に、長い銀髪。体格から、男性であることは明白。
「どこに行くんだ……?」
人の流れに乗って、距離を保ったまま背後をつける。
公共の場で杖を出すことも、魔術を使うことも違法。即座に警兵に捕まってしまう。しかし、人の気配も、足音も、この人混みであれば誤魔化せる。
北方面へと向かうようだった。
モールは、南端にも北端にもフードコートがある。そこに向かっているのか。
「ッ‼」
北端のフードコート。
その一角に、ヤツらはいた。
4人掛けのテーブルに、女性が座っていた。
「オルベリアン……‼」
白い髪、負けないくらい白い顔。目の下のクマ。露出の高い服と、そこから見える
間違えようもない。Λvisの幹部であり、7年前、俺にトラウマを植え付けた最悪の女。
ということは、さっきの長身の銀髪の男は、間違いなく。
Λvisのなかでも最強格の幹部、アレイ……!
警兵に伝えなくては。
Λvisは常に仮面をつけているから素顔は知られていないとはいえ、全員指名手配犯。それでも、言わなくては。何をしに来たのかわからないが、これだけ人の多いところで、何かされてからでは遅い。
一歩下がった拍子に、どん、と人にぶつかる。振り返るより先に、声が聞こえてきた。
「よう。久しぶりだな」
その声は、あのときの
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