第16話 魔術オタクと……デート? Ⅰ
エイギリアイム帝国の首都、アミュールド。縦長な国土の中で、中央より少し東。海に面した、最も広い魔術都市。エイギリアイムの皇帝一族、ミュードア家がおわす城の、城下町。そこから少し南下して、バイヒェルという小さな町を挟み、山岳都市ノアスクシーがある。その山の上にあるのが、我らがノアスクシー魔術学園というわけだ。
俺は、ノアスクシー入学してから初めて、学校を出て、アミュールドの街へとやって来ていた。
「さて、行くわよ!」
「落ち着けよもう少し……」
目的地は、アミュールドの街にあるショッピングモール。理由は買い物。
といっても、買い物を目的にしているのはマリアだけだが。
数日前。マリアが突然一緒に出掛けないか、と誘ってきた。予想外のことでフリーズしていたら、「荷物持ちやってくれない? ご飯奢るから!」とダメ押し。他人の金で外食できると聞いて断らない学生はいないだろう。俺も例外ではなかった。
そんなこんなで俺たちは人でごった返すショッピングモールへ到着。魔術の発展によって、都市間、国家間の移動はほぼすべて
「やっぱり混んでるなぁ」
利用者が多いとどうしても人でごった返す事態が発生する。そしてどうやら、マリアはこれが嫌いらしい。
「歩くわよ!」
「なんでぇ」
「こんなに人が多いと結局並ばなくちゃいけないじゃない。それなら歩いて向かった方が早いわ」
一理ある。
個人的には魔術が用いられているものは積極的に利用していきたい派ではあるが。歩くのは嫌いじゃない。
「それにしても、買い物なんて
「これだからオタクは」
「なんだと」
「
「ふーん」
魔術が発展したことで生まれた転送魔法サービス。そのうちのひとつ、
「っていうか、アンタなんで制服なわけ?」
「え? ダメ?」
「ダメっていうか。私服とか持ってないの?」
「なくはないけど、
マリアが頭を押さえて長い溜息をつく。
「どうした」
「……まずアンタの服を買いましょう」
「はぁ? なんでだよ? いらねーよ、つーか金持ってきてないぞ」
「私が奢るわよもう! 休日のショッピングモールで制服の男と歩きたくないだけ!」
「わっかんねぇ……」
ノアスクシーの制服はダサくないと思うんだけどなぁ。
アミュールドショッピングモールは、南北に伸びた楕円形で、それが2階建てになっている。中央には噴水の広場。2階までの吹き抜けになっており、ガラス張りの天井から綺麗な青空が見える。そして、このショッピングモールのシンボル、吹き抜けを突っ切って立つ、伝説の3人の魔女のひとり『西の魔女』アミュールド・クライアンの銅像がある。
「そういえば、マリア」
「なによ」
「お前の持ってる杖って、西の魔女の杖の親子杖なのか?」
「そうね。アルクライン家の杖は代々そうやって作られてるわ」
かつて西の魔女が使っていた杖、
「じゃあ、皇帝が式典とかで持ってるのは?」
「あれはレプリカ」
「なるほど」
皇帝一族のミュードア家とアルクライン家は、西の魔女の血族である。昔は、魔術を扱うのは魔女である女性のみであり、男性は武芸に励むべきであるとされていた。ゆえに、西の魔女の息子の家系であるミュードア家は皇帝となり、娘の家系であるアルクライン家は魔術師となった。
「マリアの杖のもう片方の芯ってなんなんだ?」
「アーク」
「アークぅ⁉」
魔術を行うものでその名を知らない者はいない。遠く極東、東倭ノ国より更に東。ギガノオーシャンと呼ばれる大海がある。その海底深くから、遥か天空まで伸びる大樹。それがアーク。
「アークと伝説の魔女の杖の親子杖とか、いくらするんだよ、それ……」
「さぁ? お父様が言うにはエイギリアイムの財政が10回破綻しても、私の杖を売ればお釣りがくるって言ってたけど」
「規模がデカすぎて逆に分からん」
「まぁ、杖を作るだけで大変だったから、刻印術式は魔術の威力増強だけだけど」
杖に予め刻まれている魔術式。それは、術式を展開して魔法陣を描かなくても杖に魔力を込めるだけで発動できる。俺の杖であれば、変形と伸縮。ジョーのものは、魔力弾の発射だった。
「それでもお前の魔力と合わせればバカ強いだろうな」
「ふふーん。まぁね」
マリアは鼻高々である。
「いやぁ。それにしてもそんだけの期待を込めて育てられてるんだな」
「まぁね」
「羨ましいぜ、そんな高級な杖振り回せるなんて」
「まぁねぇ」
「流石は名家の一人娘って感じだ」
「……」
軽快に繰り返していたやりとりが急に止まる。
「マリア?」
「ん、ううん。なんでもないわ。さて、もう見えてきたわよ!」
マリアはすぐに元の調子に戻る。
しかし俺も流石にそこまで鈍くない。そして、それはマリアが踏み越えてほしくないラインであることも察せる。
思っている以上に、ことは厄介そうだった。
マリアのテンションに合わせていつも通りの調子を保つ。そしてそのまま、されるがまま、マリアセレクトの洋服を着させられていった。
「東倭人に服を選ぶのなんて初めてだったけど、なかなか楽しかったわ」
「そうかい。そりゃなによりだ」
結局、朝から昼まで、色々な店を回っては俺の服を選んで終わってしまった。
そしてお昼ご飯を食べるため、モールの南端のフードコートにやって来ていた。
「いいのかよ。お前の買い物に来たんだろ?」
「いいのよ、別に。女の子の買い物なんて、実際に買うかどうかはそこまで重要じゃないんだから」
「そうなのか?」
「そうよ。今日もまぁ、気分転換みたいなものだし」
気分転換。
ここで「なんの?」と聞けるくらい鈍感ならいいのだが。
「……はぁ」
面倒だ……。
「なによ、どうしたの?」
「いや。なんでもない」
顔を背けると、マリアはぐいと顔を近づけてくる。
「ウソ。なんでもなくないでしょ」
他人を思いやるとか、忖度するとか、俺は嫌いだ。
それは、相手の気持ちをなんとなく想像できてしまうから、疲れる。自分以外のことで疲れるのが嫌いだから、忖度が嫌いだ。
しかし。
「まー、アレだ。お前のことっていうか……」
家のことに関してどこからが地雷になるか分からない。可能な限りぼかしつつ、でもあのことに気づいてるよ、という示唆ができれば……。
「私のこと?」
「ああ」
可能な限り情報伝達を試みる。なるべく目を逸らさず、視線でも伝える。
「……」
「……」
お互い見つめ合ったまま時間が過ぎる。
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