第15話 魔術オタクと有意義な授業
翌日。俺は気づいてしまった。
「別に出かける必要なくないか」
昨日はジョーとブレンの勢いにやられたが、冷静になってみれば、別に出かける必要はどこにもない。毎日一緒に昼飯を食うワケだし、その時にでも聞けばいいだけの話。
ひとまず、今日一日かけてマリアの様子を探ってみる、ということにした。
ノアスクシーは単位制。魔術論などの必修授業を除いて、他は基本的に自分で選ぶ。しかし、俺とマリアは、入学式の時点で因縁があった。授業選択はその後だったため、1年生前期の授業をほぼ合わせて取っていた。
いつもは授業に集中してしまって周りなど見ていないが、今日くらいはマリアに意識を向けておく必要がありそうだ。
1限目。魔法学。担当教員は、少し太った中年女性。鷲鼻が特徴で、濃紺のローブと帽子がトレードマーク。世界有数の魔法使い、カヌーワ・イムタン。
「
話に耳を傾けつつ、猛烈な勢いでノートをとり、更に思考を巡らす。
それは確かにそうだ。世界中の色々な国を見て回ったけれど、やはりどこの国でも魔法使いは一種の蔑称だった。そして、魔法使いはあくまでも
「魔法は、魔術を学ぶことが出来ない魔術後進国にも魔法の恵みを与えることが出来ます。誰でも使える技術であるということは、そこに貴賤はなく、万人に開かれた技術であるということ。魔術の有用性を主張しているにも関わらず、魔法を軽視するということは大きな矛盾をはらんでいると言えます。これまでの授業では、魔法の歴史を学んできました。本日からは、これからの魔法を考えるため、現代社会について掘り下げつつ、魔法というものをどう扱っていくべきかを考えていきたいと思います」
カーン、カーン、カーン。
鐘の音を合図に講義が終わる。
「いやはや、今日もいい内容だった……」
そこで、はたと気が付く。
「マリア」
辺りを見回しても、マリアは見つからない。
「まぁ、次もあるからいいか。次は気を付けよう」
2限目。魔術社会学。ビシッとしたスーツに七三分けに眼鏡の妙齢の男性。魔術に関わる人には珍しく毎回きちんとした格好をしている。融通の利かなさそうなお堅い見た目に似合わない、高い声、フランクな話し方。魔術社会学者、コバシ・ヤコサチ。
「いやぁ。みんな新聞とか見てる?
話に耳を傾けつつ、猛烈な勢いでノートをとり、更に思考を巡らす。
それは確かにそうだ。母さんと旅をする中で、Λvisの被害にあったところを見てきた。どこもひどい惨状だった。しかし、それらの場所は軒並み黒い噂の絶えない場所であったのも事実である。そして、それはシズリー王国にも言えること。魔術恩恵を受けられない貧困層や、国がその権力を行使してマナが豊富な土地を立ち入り禁止にし、そこから産出される動植物や鉱石を独占している場所、そう言うところにΛvisは現れている。ゆえに、一部では義賊的な人気もあるとか。
「Λvisがシズリーを壊滅させたことで別の影響があって。それは、どこの国があの土地を管理するか、ってことなんだよね。あの土地を次に管理する国は、あの国から産出されるマナ資源で大儲けできる可能性があるわけで――……」
カーン、カーン、カーン。
「あっ。マリア」
またもマリアは見当たらない。
「いや。次こそは気を付けよう」
3限目。浮遊魔術学。深紅のローブをずるずると引きずって現れたのは、俺の腰くらいの身長の栗毛の少年。魔術で年齢や見た目を誤魔化している人は多いが、彼は紛れもない少年。一昨年、
「みんなー? こーんにーちはー! ということで今日もふゆー魔術の天才、ショータせんせーのじゅぎょーはっじめるよー!」
話に耳を傾けつつ、猛烈な勢いでノートを……、とはいかない。浮遊魔術学の授業は、どちらかと言えば実践、実験がメインだ。
生まれつき魔力が豊富であったり、血筋だったり、そういったもの次第で、ある程度魔術の向き不向きは決まっている。そして彼の家、フィルマッケン家も、5代にひとりくらいは天才と呼ばれる子が産まれる。
しかし、ショータ・フィルマッケンのすごさは、そこではない。
「今日まではふゆー魔術がどういうものかを説明してきたけど、今日からはさっそくじっせんしてみよー!」
彼は、浮遊魔術を論理的に理解している。魔術師は感覚派が多く、また、向き不向きも人によって異なるが、彼はわかりやすく浮遊魔術の使い方、そのコツを説明できる。実際、彼は周囲の友人や大人に浮遊魔術を教え、フィルマッケン家のある町では浮遊魔術が世界中のどこより発展し、最終的には空中浮遊都市となるに至ったほど。その説明を書いた本が発売され、ベストセラーにもなった。俺も買ったが、浮遊魔術の入門から応用まで、この本一冊で事足りる。
「一番かんたんな魔法陣は、そのはんいにあるものを浮かせるやつ。こめる魔力のりょうでどれくらいの時間浮くのか、どれくらいの高さで浮くのか、がきまるよ! これさえマスターしておけば、いざというときにげるためとか、敵ときょりをとるためとか、おうようできるから、覚えておいてね!」
なにより、彼の授業は生徒全員がお兄ちゃん、お姉ちゃんの気持ちになれるから全体的にほんわかとした空気になる。
「みんなー。できたかなー? じゃあつぎは――……」
カーン、カーン、カーン。
「やべ。また忘れてた」
案の定見当たらない。
そして昼休み。
「どうしたのよ、辛気臭い顔してさ」
「……マリア」
Fクラス寮の中庭。いつものところで昼飯を食べていたら、マリアが現れた。その様子はやはりいつも通りのマリアに見える。
「いや、実はお前に用があって探してたんだけどさ」
「何? 私に用? アンタが? 戦う以外で?」
「俺をなんだと思ってんだよ」
なぜ探していたのか、事情を説明する。
「ふーん……」
「?」
一瞬、マリアの表情が曇ったのは、流石にわかった。しかし、表情はすぐに切り替わった。そして、いつもどおり胸を張って、「舐めないで頂戴!」と言う。
「まー、あれよ! リナルドのバカがあまりにもウザかったから、ちょっと手元が狂っただけよ!」
「それでアイツを殺しかけたんだが?」
「バカね。この私が、アンタが近くにいたことに気づかないとでも思った? アンタがどうせ助けるってわかってたから撃ったのよ!」
「無責任な……。俺が間に合わなかったらどうするつもりだったんだ」
「アンタがあの状況で間に合わないわけないでしょ」
「え?」
「なによ」
「いや。謎の信頼に驚いてるっていうか」
「アンタが誰かのために命投げ出すバカなのは私が一番知ってるしね」
いまいち自覚はないし、恐らくそんなことはないし、だとしてなぜコイツは自分が一番知っていると言い切っているのか。全く何も腑に落ちないが、しかし俺の心配が杞憂に終わったのはいい事だった。
「そのあと逃げたのは、別のヤツが近づいて来てるのが分かったからよ。ひと休みしたかったし」
「なるほど、な」
「だからなんでもないわ。心配させて悪かったわね」
「いや。なんでもないならよかったよ」
危うく俺の懐が犠牲になるところだったからな。
すると、マリアが「そういえば」と言って耳打ちをしてきた。
「今週末、2人で出かけない?」
「………………は?」
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