第13話 魔術オタクとギリ八百長じゃない試合 Ⅳ

 ジョーを倒し、残る敵は3人。

 顔を上げると、北東方向、遠くから戦闘の音が聞こえてくる。その方向へ向かい、様子を窺う。戦っているのは、キャットと、マリア。

 マリアの無茶苦茶な威力のビームに対し、キャットは受けつつ、かわしつつ、しかし距離を詰められずにいる。

「やっぱりキャットはすごいな」

 マリアのビームは、普通受けられるものじゃない。ひらひらかわしていたリナルドの対処法の方が、まだ正しいといえる。それは、ひとえにその威力の高さゆえ。

 防壁術式バリアの強度はその面積が小さければ小さいほど上がる。以前マリアと戦ったときに使った手法はこの性質を利用したものだ。ビームの幅ギリギリの大きさであれば、辛うじて受けることができる。

 しかしそれは、マリアがビームを大きくすれば出来なくなる。

 要するに、豊富な魔力ゆえ、大きな幅の高威力ビームを撃てるマリアに対し、防壁術式バリアを使うのは限界があるということ。

「減衰術式の併用か」

 対してキャットは、防壁術式バリアだけではなく、相手の魔術の威力を減衰させる術式を組み込んでいる。減衰術式は、相手の攻撃魔術式を解析し、それに対してその場で作る必要がある。通常の魔術戦闘において、複雑な魔術の撃ち合いになると使えなくなるが。

魔力の放出ビームというシンプルな攻撃魔術だから成せる芸当、か」

 キャット……、カスケイト・アンテリーネは間違いなく天才である。

 魔術は、あくまでも魔法を学術的に研究する学問。

身体や物質に刻まれた魔術式を使用するため、新規で魔術式の構築を必要としないような、「魔法」と違い、絶対的に下地が必要になる。

 要するに、魔術を戦闘で使えるようになるには、勉強しなければならないということ。

「減衰術式を防壁術式に組み込む……。熟練の魔術師じゃ思いつかないな」

 魔術式を覚える。それを間違いなく展開し、使う。

 その無数の組み合わせで効果を何倍にもすることができる。

 だからこそ、熟練の魔術師であれば、マリアのようなシンプルな魔術は搦め手で対処しようとする。吸収の術式とか、反射の術式とか、それらに増幅術式を併せて返すとか。

「キャットには残ってもらいたいな……」

 対人魔術戦闘試合マギガムだけでなく、魔術師の戦闘に臨機応変さは非常に大きな要素となる。

 キャットであれば、その魔力、使える術式、頭の柔らかさともに申し分ない。

「最悪、食べ物で釣るしかないか……」

 本人のやる気に関してはもうどうしようもない。多少自らの懐を犠牲にしてでも、やる気を出してもらえれば、心強いのだ。

 しかし、となるとやるべきはひとつ。マリアがキャットを倒すより先にリンリンを見つけて倒す必要がある。

 ジョーとリナルドが落ちたことで、残りは4人。もうメンバーは決まっているのだが、この勝負の順位の順番で出る形式を決められる。俺とマリアがワンツーフィニッシュすれば、采配が幾分楽になる。

 それに、個人的にはキャットともリンリンとも戦ってみたい。

「にしても、リンリン全く見つからないんだよなぁ」

 恐らく北西にいたであろう彼女。ということは、この近くにはいるのだろうけれど。

 そのときだった。

 バキン、と背後で何かが壊れる音がした。

 その音の正体を確認するより先に、大急ぎで建物の中に避難し、身をひそめる。

「なんだ、何が起きた?」

 やはり、標的ターゲットがひとつ壊れている。

 そんなことをする相手はひとりしかいない。

「リンリンか……?」

 とはいえそれは消去法。

 その事実に一番ついていけてないのは自分自身だった。

「どこから――」

 狙撃か。それとも、あの位置に固定術式をセットしていたのか。どちらにしても、油断は出来ない。このままここに留まるのも良くないかもしれない。ひとまず、移動を……。

 バキンッ‼

「あっ」

 目の前で、もう一つの標的ターゲットが砕け散る。

「隠密術式――⁉」

 何もいなかった。何もなかった空間から、杖を持った少女が現れる。

「ご、ごめんなさい! 一本、いただきました!」

 身体が光に包まれ、フィールドの景色がフェードアウトしていく。

「や――、やられたぁあああッ‼」

 そして、視界がホワイトアウトして。


「ははは! どんまい、凱也かいや!」

「くっそ~! リンリンめぇ……」

 俺とジョー、リナルドは、結界が張られたフィールドの外から、試合を観戦する役に回ることになった。

「それにしても滑稽だったよ。君がリンリンに踊らされている様を見ているのは」

 リナルドは大層満足そうだった。

「お前、俺が命を助けてやった恩を忘れたか」

「はっはっはっ! それはありがとう! 助かった! だがそれとこれとは別だろう! 滑稽なものは滑稽だ!」

「清々しい奴だな……」

 リンリンは俺を倒した後、再び隠密術式を使ってキャットとマリアの方へと向かう。観戦していると分かる。彼女は高精度の隠密術式で姿を隠しているが、かなり近くで張り付いてたらしい。

「俺を倒したあとからしか俺は知らないけど、ずっとお前の背後にいたんだよ、リンリン」

「マジか~」

 いつから後ろにつかれていたのか。

 それなりに勘は鋭い方なのだが、全く気が付かなかった。

「ジョー。お前のスタート地点はどこだった?」

「俺は北東だな」

「リナルドは?」

「僕は南東さ」

「そうか……」

 マリアは東端。リンリンにつかれていたとしたら、北西に行ったとき? いや、だとすれば最初に北西地点を通過したキャットについていくはず。その後こちらにシフトチェンジしたのか、はたまた最初から読みが間違っていたか――。

「くぁ~! 上手いこといかねーモンだなぁ!」

 標的ターゲットの壊れ方を見るに、杖で殴ったのか。だから攻撃するときも姿が見えなかった。

 今回は完全にリンリンにしてやられた。見立てが甘かったのだ。

 しかし、敗北したことに対する反省と同じくらい、わくわくしていた自分がいた。

「なんだ? 凱也。にやにやして」

「気持ち悪いぞ、君」

「いや、面白いなってさ」

 西端と北西。2度、探査探知の魔術を使った。恐らく、どちらかを使った際に彼女はその効果範囲にいただろう。だというのに引っかからなかった。即ち、完全に気配を絶っていたということ。

 使った魔術は効果範囲内の魔力、魔術式を探すというもの。これは、中途半端な隠密術式では、隠密術式自体の魔術式が探知に引っかかり、見つかる。探知に引っかからなかったのは、今まで母さんだけ。

 つまり、他はともかく、隠密行動に関してリンリンの技術は、選ばれし者アルカナレベル。

「面白い? 負けたのにか?」

「勝ち負けは関係ないさ。戦いはそれ自体が面白いし、戦ってみたい相手がいるのは面白いだろ?」

「野蛮だね」

「リナルドもどんな才能を秘めてるのか、俺は興味がある」

「そうか! 僕は君に微塵も興味はないよ!」

「ジョーも、魔法装身具マギナ・アクセサリの扱いをもっと練習すれば今より絶対強くなる」

「嬉しいな、お前にそう言ってもらえると」

「まぁだからさ。面白いよ、ここは」

 流石ノアスクシー。F最低クラスでも生半可な奴はいないってことか。

 これがわくわくせずにいられるだろうか。

「さてと。じゃあ負けちまった男3人は、後学のためにも、大人しく女子たちの試合でも見てようぜ」

「よし! そうだな」

「ちょっと。君たちと僕を一緒にしないでくれないか」

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