第12話 魔術オタクとギリ八百長じゃない試合 Ⅲ

 マリアは、フィールドの中央にある広場で戦っていた。とはいえ、(主にマリアの)魔術攻撃の影響でほぼほぼ崩壊していて、その面影は微塵も残っていないけれど。

「相手はリナルドか」

 空を割くビームを華麗にかわしているのは、お金持ちのお坊ちゃん、リナルド。

 彼はまぁ紛れもなく魔術的にはダメなのだが。多額のお金を使ってここに入学した、とかなんとか。あくまで噂だけれど。

 それが嘘にしろ本当にしろ、裏口入学をした俺がとやかく言えたことではないのだが。

「くっそ、このボンボン! ひらひらと鬱陶しいわね!」

 名家の一人娘とは思えない口の悪さで、マリアはバンバカとビームを撃つ。しかしその全てを、リナルドは紙一重でかわす。まるでひとつのパフォーマンスを見ているかのようだ。とはいえ、流石に紙一重過ぎるのか。標的ターゲットは既に1つ壊されている。そして2つ目も結構ギリギリだ。なんなら何回かカスってるのではないか。

「アンタ! この野郎! いい加減に! しなさいよッ!」

 ドカン! ひらり。 ドカン! ひらり。 ドカン! ひらり。 ドカン! ひらり。

「なにがッ‼ したいのよッ‼ うッざいわねぇッ⁉」

 ズガン‼ ふらり。 ズガン‼ ふらり。 ズガン‼ ふらふわり。(チリッ)

 あ、今ちょっとカスったな。

 大分無茶苦茶な体勢でビームをかわし続けているリナルドよりも、ビームを撃ち続けているマリアの方がばてていた。

「はぁ、はぁ、はぁッ……。くそ、腹立つわ」

 マリアは、杖の先端をリナルドに向け、ゆっくりと術式を組み始めた。攻撃してこないと踏んでだろう。その術式は、いつものビームだけでなく、速度、指向性、ついでに目標誘導の術式までついている。確実にやるつもりだ。

「反撃もしてこないなんて、本当になにが目的なのよ。アンタは」

「ふっ」

 リナルドはいつもの調子で前髪を払う。

「僕がやるべきことはただひとつ。オンゴーキ財閥の跡取りとして、恥のない振舞いをすること。醜く争うことは財閥の名に恥じる。しかし、Fでい続けるのも名に恥じる。だからこそ、僕は対人魔術戦闘試合マギガムに志願するし、しかし戦うことはしないのさ」

 くるりと回って、腕を広げて天を仰ぐ。

「君も、アルクラインの一人娘ならばわかるんじゃないかい?」

 マリアはムッとした表情のままリナルドへ殺意マシマシの術式を組んでいく。

「あの名家の一人娘。どんなエレガンスな人物なのかと思っていたが……」

 リナルドは溜息と共に首を横に振る。

「とんだお転婆娘だったようだ」

 マリアは、リナルドの挑発に明らかにイライラしていた。しかし術式は中途半端なまま。流石に怒りに任せて中途半端な魔術を撃つほどバカじゃない。

「君にはアルクラインの名を背負っているという自覚はないのかい? 姉や兄があるのならともかく、一人娘だというのにも関わらず」

 その一言で、マリアは迷いなく杖を振りぬいた。

 術式は未完成。

 標的ターゲットへの誘導術式が完成していない。即ち、高威力のビームがそのままリナルドに当たる。あの速度じゃ、防壁術式バリアは間に合わない。

 死ぬ。

 マリアは杖を振った後に気が付いた。

 俺は一足先に飛び出していた。

 ドガァアアアアアアンッ‼

 建物は光に飲み込まれ、瓦礫になる。ぱらぱらと土塊が落ちる音がする。その音で、自分が生きていることに気が付く。

「いてて……。なんだい、君は。助かったけれど」

 突き飛ばしたリナルドも無事だ。しかし突き飛ばした衝撃で標的ターゲットが壊れていた。程なくして、リナルドの身体が光に包まれていく。標的ターゲットが全て破壊されたら、フィールドの外に強制的に転送される仕組みだ。

「いや、悪いな。とりあえず無事でよかったよ」

 それだけ返答する。リナルドが消え、残りは5人。

 立ち上がった視線の先には、マリア。

「おいマリア。どういうつもりだ」

 おっちょこちょいなのは知っているが、今のはそういうのじゃない。確実に、リナルドの言葉にかっとなって杖を振った。

 俯く彼女の表情は知れない。

 いきなり攻撃して来る可能性もある。不用意に距離は詰められない。

 すると、マリアは自分の足元にビームを撃って、どこかへ離脱した。

「――?」

 あの戦闘狂が撤退した?

 その行動には些か疑問が残るが、すぐにそんなことを考えている余裕はなくなる。

「よう、ジョー」

 見上げた屋根の上。そこにいたのは厳つい見た目の男。しかし見た目に反して、真面目。不意打ちしてこないところが非常に彼らしい。

「悪いな。連戦か」

「いや。気にするな」

 ジョーは南東の方向から現れた。となると、東にいたのは北からリナルド、マリア、ジョー。西側はリンリン、キャット、俺か。リンリンは先に東側に移動し、上手くリナルドと当たらずに済んだのか。

 マリアが逃げるとすれば、北東。であれば、そこでマリアとキャット、リンリンの三つ巴になる可能性がある。

「さてと」

 ジョーン・ヴァン・ウォルフ。大きな身体に満遍なく刻まれた魔術式刺青マグナ・タトゥーと、ありとあらゆるところに装着された魔法装身具マギナ・アクセサリ

「お前と戦えるのを楽しみにしてたんだ」

 タトゥーを沢山入れている人も、アクセサリだらけの人も珍しくはないが、その双方を恐らくここまでしている、若い魔術師は初めて見る。わくわく血がたぎる。

「そうか。そりゃ光栄だぜ」

 ジョーが杖を構える。マリアや俺の杖のように長いスタッフタイプではなく、20cmくらいの短いワンドタイプ。

その杖の強みは――、術式発動の速度。

火炎弾フレア・ボム‼」

 マリアのように杖を振る動作もない。

 一瞬の早撃ち。

間一髪、前転してかわす。

杖を剣に変形させて、そのままジョーへ距離を詰めていく。

ジョーは右腕の獅子をかたどったバングルに手をかざす。

獅子炎弾レオ・フレア・ボム‼」

 すると、さっきまで握りこぶしほどだった炎弾が大きな獅子の頭となり、喰らいついて来る。

 前方へ身を投げ出してかわす。

姿勢を崩さぬようにそのまま手で跳ねて空中で身体をひねり、足を前に向け、走る。

 次は、右手首の双魚のブレスレット。

双魚炎弾ピスケス・フレア・ボム‼」

 弾速は先ほどまでに比べればずっと遅い。しかし、この2匹の魚は、ずっと俺を追ってくるのだ。

「ちっ」

 魔術で打ち消すのは簡単だ。でも、ここで魔力を使うと、このあとの戦闘に使える力がなくなる。

射手炎弾サジタリアス・フレア・ボム

 杖の先端をこちらに向け、弓を引くように左手を構える。弓矢をかたどる左指の指輪が、炎の弓を作り出していた。

「貰った!」

 左手を離すと、うって変わってこれまでより速い炎弾が一直線に飛んでくる。

 ギリギリまで引きつける。

 射抜かれる刹那、身体を下に落とし、スライディングしてかわす。

 炎の矢は、炎の魚を1匹、撃ち消した。

「なにっ!」

 やがて、もう1匹の魚も勝手に消えていった。

 双魚術式ピスケライズは、2つの魚が、不規則に自動追尾するのが強み。

 しかし、弱点は2つで1つなこと。

 片方の魚を消せば、もう片方も自動で消えてしまう。

「隙ありだぜ」

 一気に距離を詰めて、剣を振りぬき、ジョーの標的ターゲットを1つ割る。

「くっ!」

 距離を取って、もう一度向き合う。

十二宮術式ゾディアライズ魔法装身具マギナ・アクセサリに、杖の刻印術式と魔術式刺青マグナ・タトゥーの合わせ技か。確かに発動にほぼタイムラグなしで、多彩な攻撃が可能、ではあるけど」

 魔法装身具マギナ・アクセサリの扱いが上手い人は、魔術式を組んで、一度の攻撃で複数の魔法を合わせてくる。今のジョーの戦い方は、一度の攻撃にひとつの魔法。発動前の動きをきちんと見れば、対応は充分に可能だ。

「悪いけど、勝たせてもらうぜ」

 ジョーには悪いが、次で決める。

「そう簡単にやられるわけにはいかねぇな」

 しかし、彼の目に宿った炎は消えない。

 ジョーの身体の魔術式刺青マグナ・タトゥーは、全て魔力増幅と、マナ変換のもの。要するに、彼もそもそもの魔力が少ないタイプの人間なんだろう。しかし、それでも魔術師にならなくちゃならない理由がある。だからこうして色々な道具に頼ってでも、上を目指している。

 凄い覚悟だ。この戦いに込める想いは、きっと俺やマリアにも負けないんだろう。

 ――でも。

 俺が一歩踏み出すのと同時。

牡牛炎弾タウロス・フレア・ボムッ‼」

 牡牛タウロスのアクセサリは、貫通力の高い魔法。

 しかし。

 剣の腹を添えるだけでいい。ほんの少し、方向を変える。

 それで標的ターゲットまでの道は開ける。

火炎フレア――」

 杖の先から炎弾が出るより先に、俺の剣はジョーの標的ターゲットを斬った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る