第10話 魔術オタクとギリ八百長じゃない試合 Ⅰ
Fクラス寮の屋上、
魔術実技授業は、各クラスの担当教員が行う。
俺たち1年Fクラスの担当は、ラトラー・ニパル四世。エイギリアイムの数ある名家のうちの一つ、ニパル家の、それも「ラトラー」の名前を受け継いだ存在。初めてその名前を聞いたとき、正直、興奮した。
ニパル家といえば、錬金術の大家として世界的にも有名。その中でも、ラトラーの名を持つ者は、ニパル家の家宝に認められた存在。要するに、世界レベルの錬金術名家の中で最も優秀ということ。
どんな人なのか。胸躍らせていたのは遥か前。
「じゃあ、今日も始めるかぁ……。あーだる」
ぼさぼさの髪の毛に無精ひげ。口にはいつもタバコ。死んだ魚の目。やる気のなさそうな態度を隠そうともせず、やる気のない声でやる気のない台詞を連呼する。一応ワイシャツにベルトにスラックスという服装ではあるが、ワイシャツもスラックスもしわしわのよれよれである上、ベルトもボロボロ。
思い描いていたイメージ像とは真逆の男が現れたときは、現実逃避して脳がフリーズしたものだ。
「えーと。いち、に、さん……。めんどくせぇ、全員いるな」
出欠もロクに取りやしない。
「さーてと。今日はなにをやるか……」
ときどき頭をガシガシかきながら、名簿に〇をつけている。
「先生」
「んぁ? なんだ?」
「今日は、っていうか、夏の大魔術祭までこの時間をお借りしてもいいですか?」
「借りる、ってのは?」
「……競技の練習、ですかね」
俺が夏までにAクラスになるという目的を説明するには、裏口入学のことは避けては通れない。しかし、黙っているだけでは
毎回、先生が指定した術式を組めるか、というのをやるのみ。一応その出来不出来で評価をつけている様ではあるが。ただその術式に関してなんの解説もないため、身にはならない。そんなことを延々繰り返すくらいならば、少しでも練習に費やした方がいい。
と、そんなことを流石に面と向かって言うわけにはいかないが。
ぴたりと合わせた視線には、いつもの覇気のないものとは違う雰囲気があった。
今更後悔する。ダメだ、と言われたパターンを想定していない。
「……」
「…………」
何も言えない。何も言ってこない。ただじっと目を合わせている。やがて先生は目線を手元の名簿に落とし、さらさらと軽快にペンを走らせた。そして、これまで見たことが無いほど嬉々とした表情でこう言った。
「頼んだ!」
「――頼んだ?」
そして、オウム返しの返答が耳に届くより先に、芝生で寝始めたのだ。
「ぐぅ~……」
まずいな。ダメだと言われたパターンも想定していないが、全て丸投げされて眠られるパターンも想定していなかった。先生の無茶苦茶にはもうある程度慣れている1年Fクラスだったが、授業を完全に放棄されては、流石に絶句せざるを得なかった。
「で、どうするの?」
マリアだけがその空気にとらわれずにいつも通りだった。
「寝たモンは仕方ないわ。
「あ、あぁ。そうだな」
気を取り直して、杖を顕現させる。
宙に手をかざすと、鈍い光に包まれながら、黒い杖が現れた。
「みんなも知ってると思うけど、あと1か月くらいで大魔術祭がある。他のクラスの生徒と魔術を使って競い合うあれだ。で、まぁそれの準備をしなきゃならないなって」
これまでFクラスを見ていて思ったことは、生徒の向上心にムラがあるということ。なんといっても名門ノアスクシー。入学したというだけで箔が付く。例えFクラスであっても、あとはもう卒業さえできれば問題はない、という考えの生徒も少なくない。
そのほかには、Fであることは満足できないが、かといって積極的に戦う自信もないタイプや、Aクラスまでいかなくてもいい、というタイプ、ゆくゆくはAになりたいが、別に焦る必要性がないというタイプ。
「各自、やりたい競技に立候補してもらって、グループに分かれて練習しよう」
それらのタイプが悪いとは全く思わない。しかし、そういう人間は今回の計画には必要ない。求めるのは、それなりの才能と、今すぐAになりたいという向上心。
「俺は、
そして、その条件をどちらも満たす人間は、マリア・アルクラインただ一人。
マリアに目配せをする。彼女も、答えるように頷いた。
俺とマリアの他に、参加を希望したのは4人。
「メンバーは最低3人、最高4人。ここには6人いるから、とりあえずメンバーを決めなくちゃだな。えーと、じゃあ一人ずつ決意表明でもしようか」
「最初は私ね」
マリアが胸を張って一歩前に出る。
「私は絶対にAクラスになるわ。足手まといはいらないから」
実に彼女らしい挨拶だ。他の4人の空気がひりつく。
「俺も同じだな。優勝するつもりでいるぜ」
Fクラスも、大魔術祭もただの足掛かりに過ぎない。ここで軽く優勝できなくて何が
そしてそのまま視線を右回りに流していく。
「まずは、リンリン」
「ええと……。が、がんばります!」
明るい栗毛のショートボブ。大人しそうな見た目と大人しそうな声、そして実際大人しい性格。それに反したダイナマイトボディ。1年Fクラスのマスコット、リンクリン・キュリン。
「次はリナルド」
「ふっ」
さらりと左に流した前髪。毛先はくるりと巻き上がる。高い鼻に青い瞳に尊大な態度。そして出どころ不明の無限の自信。エイギリアイム世界有数の財閥の御曹司、リナルド・オンゴーキ。
「で、ジョー」
「俺もAに上がらなくちゃならないんでな。是が非でも勝ちたい」
クラス一のガタイの良さに太い声。スキンヘッドに強面、黒い肌。とても同い年には見えない。
「最後はキャット」
「まー、アタシは別に。戦うのが一番楽ってだけだし……」
すらりとした体型と長身はモデルのようで、キリッとした顔つきの美人でもある。しかし当人は
「で、どうやって誰が出るかを決めるんだ?」
事前に、俺とマリアで目星をつけていた。そのうち、やる気面ではジョーが、才能面ではキャットが、メンバーに適しているという結論になった。
どうにかしてこの2人を仲間にしたい。ということで俺とマリアが出した結論は。
「じゃあ、6人で戦うのはどうだ? なるべく本番を意識した形式で」
その提案にマリアは即座に同調する。
「私はそれでいいわ」
――色々と小細工とか、戦略とか考えるより戦う方がシンプルだしやりやすいしいいわよね!
――そうだな!
とは、前もって打ち合わせしたときの会話。
結局戦って解決するのが一番早いということだった。断じて戦いたいだけとかそういうことではなく。
「で、とりあえず最後に残ったやつから順番に4人。本番は、
「問題ないわ」
「は……、はい!」
「ふっ」
「ああ」
「りょーかーい」
全員が頷く。
「よし。じゃあ早速始めるか」
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