第9話 魔術オタクと充実した休日

 少しでも勝率を上げるために、やるべきことがいくつかある。

 まずは、情報収集。魔術のことであれば俺はある程度対応できるが、生徒個々人のこととなるとそうはいかない。先手を打って情報を集める必要がある。とはいえ、他のクラスの寮には入れない。授業も、一部の座学を除けば別々。つまり、意外と他のクラスと接触する機会がない。

「はぁ。どーすっかなぁ……」

 休日の寮の部屋から眺める空は、俺の悩みなど意に介さぬように突き抜けた晴天。

「どーしたんデスか? カイヤ。ため息なんてついて」

 もじゃもじゃの金髪天然パーマ。エイギリアイム人に多い白い肌は、ガリガリ体型と合わさって不健康そうに見える。

 ブレイナック・ステイシー。通称ブレン。Fクラス寮のルームメイト。

「まぁちょっとな」

「アレデスね。コイワズライってヤツ」

 生粋のエイギリアイム人だが、他の国の言葉に興味があるらしく、相手によって言葉を変えているとか。東倭とうわ人の俺には東倭語で話しかけてくれるのだが。

「ちげーよ。また変な言葉覚えやがって」

「そんな照れなくてもいいんデスよ? カイヤとマリア嬢が毎日一緒にランチしてるの知ってマスからね」

 別に隠しているつもりもないが、なぜかブレンはニヤニヤと嬉しそうだった。

「入学してから2か月……。カイヤとマリア嬢で3組目の1年生カップルデスね。Fクラスでは初めてデス。別の国の出身者同士だと、2年Dクラスの尭国ぎょうこく人とエイギリアイム人のカップル以来で――」

「ちょっ、ちょっとまてちょっとまて」

 興奮した様子でつらつらと語るブレンを制する。

「お前、なんでそんなこと知ってるんだ? つーか正直キモイぞ」

「キモイとは随分な言い方デスね! 親しき中にも礼儀ありデスよ!」

「いや。まぁ悪いとは思うけどさ。それにしてもヤバイオタクみたいなあまりの勢いに少しドン引きしてしまって」

「『少し』と『ドン引き』は同時に使えないでショウが‼」

「そんなことはどうでもいいんだけど。普通、他のクラスについての情報は手に入れにくいはずだろ。あんまり関わることないから。なのになんでそんなに詳しいんだよ?」

 するとブレンは唇を尖らせてそっぽを向いた。

「人をヤバイオタク呼ばわりする人に教えてあげることは何もありまセーン」

「ブレン、お前他のクラスの生徒の魔術について何か知ってることあるか?」

「まぁ、あるにはありますケド」

 なんという灯台下暗し。まさかルームメイトが他クラスの生徒に対して詳しいとは思わなんだ。

「よし、じゃあ行こう!」

「え? どこへデスか?」

 せっかくの休日。寮の部屋で時間を腐らせるのはもったいないと思っていたところだ。

 ブレンの腕を掴んで、寮を飛び出した。


 最初に向かったのは、Aクラスの中庭。寮の建物には入れなくとも、中庭にはいつでもだれでも入れる。休日の今日は、予想通り何人かの生徒が本を読んだり、日向ぼっこをしたり、している。

「よしブレン。ここにいる人の情報を全部教えてくれ」

 魔術祭の対人魔術戦闘試合マギガムのルールは、例年通りであれば標的形式ターゲット。そして、そのトーナメントの組み合わせはくじ引きでランダムに決まる。一発目からいきなり3年生やAクラスと当たる可能性も大いにある。

「カイヤ。ワガハイの言うこと聞いてマシた?」

「ごめんて、今度飯奢るから!」

「焼肉なら許しマショウ」

「……情報の前に背に腹は代えられない、か」

「ヨシ。契約成立デスね」

 焼肉奢る分の情報は得なくてはならない。俺はもう目についた生徒すべての情報を収集した。

「ブレン、あそこで通話してる、金色と銀色の半分半分の髪色の人は⁉」

「あの人は2年のゲルダ・コーウェント先輩デスね。コーウェント家の長女で、一家相伝の魔術式、音波魔術を得意としていマス」

「あのバレンブルグのコーウェント家⁉ 音波魔術って、第一次世界魔術大戦のときにバレンブルグとエイギリアイムの連合軍を勝利に導いたっていう! 音波が空気や水や建物に関わらず伝わることを利用して、情報伝達を高速化、効率化させたって‼ 最近ではその技術を応用して遠隔魔法通話機スマホの開発にも携わっていて! いやぁ、集団戦で力を発揮するタイプなんだろうけど、1回戦ってみたいな!」

「落ち着いてくだサイ。あ、あっちの本読んでる長身の銀髪の人は3年のイヴァン・カラゥリャ先輩デスね。有名な家ではありまセンが、螺旋魔術陣という独自の技法を編み出していて世界的にも将来を有望視されている人デス」

「螺・旋・魔・術・陣⁉ なにそれめっっっちゃ気になるんだけど! 戦ってみてぇ!」

「あそこの目つきが悪い赤毛の少年は、1年のウルエ・ドムジェーっていう人デスね。身体中に術式のタトゥーを入れてて、体術で戦うっていう珍しいタイプの魔術師デス」

魔術式刺青マグナ・タトゥーの使い手! 小さいころにダイエンド共和国で演舞を見せてもらったけどすごかったんだよなぁ! 世界的には魔術式刺青マグナ・タトゥーはもう古い技術だけど、ダイエンドでは新しい技術がまだ開発されていて、最近だと動物の魔術式刺青マグナ・タトゥーを全身に入れて、身体をその動物に変身させるっていうのが――!」

「カイヤ。カイヤ」

「そもそも魔術式刺青マグナ・タトゥーは術の発動までのタイムラグが他のどんな技術よりも短いんだよ。近接戦闘向きだとは思っていたけど、実際にそれをやってる人がいるとは! いやぁ、ノアスクシーに来たかいがあるぜ! それにしても魔術式刺青マグナ・タトゥーの体術かぁ。興味あるなぁ、戦ってみてぇな!」

「カイヤ! 次行きマスよ、次!」

「なんでだよー! もうちょい待ってれば他の生徒も来るかもしれないし待ってようぜ!」

「イヤに決まってるでショウ! これ以上変な注目を浴びるのはごめんデス!」

 ブレンは俺の襟を掴んでずるずると引きずって行った。


 結局その日、俺とブレンはAからEまでの全寮棟の中庭を巡った。


「すげー! あの人のつけてる魔法装身具マギナ・アクセサリ全部、あの超有名魔法装身具マギナ・アクセサリ職人のカルヴァデンの作品だぜ⁉ ひとつ150万は下らない代物! それを1、2、3、……4つも付けてる! いーなー。うらやましーなー! 戦いてぇ!」


「あの杖全部魔石で出来てる! それもあんな繊細で緻密な形状に加工されてて! エイギリアイムの名工、チャガンの作品だ! 全部魔石にすることで顕現魔術を刻めない代わりに圧倒的な魔力効率を持ってるんだよなぁ! 実際に戦って体験してみてー!」


「白マント! 錬金術師か! 他国に比べて特にエイギリアイムが秀でてる魔術のひとつ! いやぁ、戦ってみたいなぁ!」


「――……っ、はぁ、はぁ、はぁ」

「いやぁ! 楽しかった!」

 一通り巡り終え、寮の部屋に戻ると、ブレンはなぜか疲労困憊であった。

「カイヤ、人にキモイオタクとか言えマセンよ……? キミの方がよっぽどイカレたヤバイオタクだってよくわかりマシた……」

 そう言い残し、ブレンはうつ伏せでベッドに飛び込んだ。

「焼肉1回奢りじゃワリにあいマセンよ、これ……」

「いやぁ! 今日は助かった! ありがとな、ブレン! 焼肉は2回奢ろう!」

「2回でも微妙に納得がいかナイ……、ガクッ」

 そう言い残してブレンはすっかり眠ってしまった。布団をかけてやって、俺は今日収集した情報を整理する。

「うん。これだけの情報があれば、ある程度はどうにかなるかもしれない」

 ブレンのおかげで、学年、クラスを問わず大分情報が集まった。これで、ある程度は作戦を立てられる。

「あとは、1年Fクラスの能力の底上げだな――」

 俺とマリアにもしものことがあったとき、少しでも勝率を上げておきたい。とはいえ、どれだけ実を結ぶかは分からない。俺とマリアが負けることなどそうそうないだろう、とは思いたいが。物事はそう上手く運ばないものだろう。

「……まぁ、バカみたいに勝利を信じるのはアイツの仕事だな」

 俺は粛々と、勝利を手繰り寄せる努力をしよう。

 そして、優勝するために絶対にやらなければならないことがもう一つある。

「俺の問題を解決するのは、俺の仕事、だな……」

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