幕間 滅亡王国と黒い鳥

 燃える草木の匂い。崩れた瓦礫の土の匂い。乾いた血の匂い。

 つい先日までは、王国民で溢れかえっていた城下町も、瓦礫と死体の山。

 王宮の窓に腰かけて、そんな町を見下ろす女性。

その瞳にも、表情にも、光はない。しかし暗く闇を湛えているわけでもない。何気なく窓の外を眺めるように、彼女にとってその風景に向ける感情はない。

 すると廊下から彼女に声がかけられる。

「ボス」

 長い銀髪の、壮年の男性。腰には左右3本ずつ、計6本の剣。手には2種類の紙束を携えて、彼女の前に跪いた。

「今日の朝刊です」

 紙束の内のひとつ、持っていた新聞を彼女に渡す。

 一面には、『Λvisラヴィス最大の凶行。シズリー王国、一夜にして壊滅。豊富なマナが狙いか。王族の血で綴られた犯行声明』。

 女性は鼻で笑う。

 国の一部が、マナが豊富な土地であり、魔術大国として栄えていたシズリー王国。マナが豊富な土地で育った動植物は、同じように高いマナを有する。それを輸出することで、経済的にも潤っている国。しかしそれは表の顔に過ぎない。

 その実態は、マナが豊富な土地を丸ごと貧民街とし、生まれた高魔力の人間を奴隷として国の地下に閉じ込め、国の設備を動かす魔力源にしていたのだ。加えて、その高魔力奴隷を他国へ売り、儲けていた。王国の栄光は、貧民街の奴隷によって成り立っている。そしてその恩恵は一部の国民のみが享受する。

「私たちが何かするたびに同じような記事を書いて。恥ずかしくないのかね」

「ボスの仰るとおりで」

 魔術テロ組織、Λvis――。世界各地でテロ行為を繰り返す国際犯罪組織である。

 その目的は、魔術そのものの破壊。

 魔術中心の社会に対して反抗し、魔術社会、そして魔術支配を破壊することを繰り返す。魔術の恩恵を富裕層のみが牛耳る国や地域に現れては、国民を皆殺しにする。そして必ず、殺した人間の血で犯行声明を綴る。

 ――我々はΛvis。We are Λvis. この世界を壊すために舞い降りた。 We are here to destroy this world.

「アレイ。私をボスと呼ぶのはやめなっていつも言ってるだろう」

 女性が窓から降りる。

「さて。次の計画の準備はどうだ?」

 アレイと呼ばれた男性は、彼女へ頭を下げる。

「は。順調です」

 その様子を見て、女性はため息をつく。

「堅苦しいのもやめろって言ってるだろ。こっちまで息が詰まる。まぁ、お前は元軍人だから仕方ないかもしれないが」

「すみません。性分なもので」

 女性はもう一度ため息をつく。

「で? 進捗は?」

「内通者からの情報を元に、計画は最終段階まで進んでおります」

 男性は、そう言ってもうひとつの紙束を手渡した。

 女性は、その束をぺらぺらとめくり、中身を確認する。

「ノアスクシー……。懐かしいね」

 そこには、彼女の母校であるノアスクシー魔術学園の校内図が詳細に記されていた。

「あとは時期を待つだけかと」

 ぴたりと、紙をめくる手が止まる。

「どうしました?」

 女性は、名簿のとある名前を見て、にやりと笑う。

「いや……。なんでもない」

「ボスがそんな楽しそうに笑うところは初めて見ました」

「そうか?」

「はい」

「まぁ、楽しみが出来たのは事実だよ」

 そう言って、紙束を男性に返す。

「そうだ、アレイお前。またボスって言ったな」

「すみません。でも、ボスはボスですし。他の呼び方と言っても、なんと呼べばいいものか……」

「出会ったときと同じように呼べばいいだろうが」

「いえ、そんな。カイガさんに顔向け出来ません」

 三度ため息。そして、男性の肩を叩いた。

「そのカイガが死んで、私を名前で呼んでくれる奴はもう敵だらけだ。せめてお前くらいは名前で呼んでくれよ」

 女性は胸ポケットに入っている写真を取り出した。

 そこには、若い四人の男女。彼女と、アレイ。そして、才賀(さいが)九紫(ここし)と、もうひとり男性が写っていた。

「――、わかりました。では、飛翔羽子しょうこさん」

 彼女は、烏丸からすま飛翔羽子しょうこはからかうように笑って、写真を胸ポケットに戻した。

「はははは。ダメだ。お前が私を名前で呼ぶのは違和感しかないな! 毎回笑ってしまいそうだ!」

「なっ。自分でそう言ったのに」

「いや、ごめんごめん。ボスでいいよ」

「何がしたかったんですか……」

「真面目な奴をからかうのは面白いからな」

 すると、2人のところに目隠しをした短い金髪の女性が現れた。

「ボス。アレイさん。出発の準備が整いました」

「了解。ありがとう、フィアナ」

「魔力奴隷のうち、10名ほどは我々に協力する意思があると」

「そうか。じゃあ連れて行こう。それ以外は?」

「始末しました」

「ならいいよ」

 Λvisは、決して正義の組織ではない。計画に利用できるものは利用する。しかし、そうでないものは、魔術支配の被害者であれど、殺す。たかが一国の小さな支配の産物などに興味はない。Λvisの目的は、この世界すべてから、魔術そのものを消すこと。

「アレイ。まであとパーツはいくつ必要なんだっけ」

「翼人が2人と、輝血がそれぞれ1つずつ。柱は今回の収穫で残り3本になりました」

「なるほど……、ね」

 次の作戦を成功させれば、五芒星ペンタグラム五大老ペンタゴンも引っ張り出せるだろう。そうすれば、必要な素材はそろう。

「あと少し、か」

 飛翔羽子の胸は躍っていた。ノアスクシーに行けば思わぬ収穫もありそうだ。

 全ては、輝翼禁忌魔法リヴーキャストのため。

 飛翔羽子は、フィアナから仮面を受け取った。



 Λvis――。そのボスについて知っている人間は数少ない。ボスは、常に仮面をつけているからだ。そのカラスを模した仮面から、彼女はCrowクロウと呼ばれている。

 そして、そのボスの特徴から、Λvisも通称カラスと呼ばれ、恐れられている。

 世界各地、どんなところにもその黒い翼をはためかせ、飛んでゆく。啄むように町を、国を、ぐちゃぐちゃにして、去っていく。

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