ChapterⅠ
第8話 魔術オタクと逆転のチャンス
「アンタってバカよね」
「……は?」
5月の穏やかな昼下がり。
ノアスクシー魔術学園Fクラス棟前中庭。唐突の悪口と、それに何も言えなくなっている気の抜けた声が響く。
我がエイギリアイム帝国が誇る名家アルクライン家の一人娘、マリア・アルクライン。
その容姿は名家の名にふさわしく、長く美しい金色の髪に、宝石のような瞳。シルクと見紛うほどの白くきめ細やかな肌。こうして黙って座っていれば、誰もが頷く美しさ。
そう。黙って座っていれば。
「なんでいきなりバカ呼ばわりされなくちゃならねーんだよ」
隣の頭一つ下にある彼女を睨みつけた。
「だってバカでしょう。もう5月も終わっちゃうわよ? アンタは夏までにAクラスに上がらなくちゃならないのよ?」
「そうだな」
「だから私に力を貸せって言ったのよね?」
「そうだ」
すると、彼女は勢いよく立ち上がって、高らかに叫ぶ。
「なのに! なんで! 何もしないのよ‼」
立ち上がった拍子に、太ももに置いていたサンドイッチがひっくり返った。
「あーッ‼ 私のサンドイッチぃいッ‼」
考えればわかるだろ……。
外にはねたくせ毛は彼女の性格を表し、ぴょんぴょんしているアホ毛は彼女のそそっかしさを表す。天は二物を与えずとはよく言ったもんだ。
お茶で口の中のソースを流して、かばんから新聞を取り出した。
「また
「ちょっと! 言ったそばからアンタはもー!」
「なんだよ。戦うのは一休みしてからっつったろ。食ってすぐはきつい」
結局俺とマリアは、毎日一緒に昼飯を食べ、一休みしてから戦うことを繰り返していた。ここまでの勝敗はほぼ五分。今日勝てば勝ち越せる。
「そうじゃないわよ! 何か策があるっぽかったから話に乗ったのに、アンタこの1か月何もしてないじゃないの!」
彼女の言う通り、この1か月やっていたことと言えば、きちんと授業に出て、お昼は一緒にご飯を食べ、その後戦う。これを繰り返していただけだ。
「状況わかってんの? そりゃ、私とアンタの力ならFを抜け出すのくらい簡単だけど」
ひとしきり叫んだあと、彼女は急に落ち着いた。
「私はまだアンタのこと認めてないし、許してないのよ。アンタに退学されちゃ私が困るの」
黙って座っている分にはいいが、いつも騒がしいヤツが急に静かになると、それは
それでこちらの気が散るのだ。
ため息ひとつ、新聞を閉じる。
「大丈夫だよ。策はあるんだからな」
「何をやるつもりなの? それくらい教えてくれてもいいじゃない」
「別に特別なことはやらないさ。真面目に授業に出る。いい成績を取る。それだけ」
「はー?」
ノアスクシーのクラス、及び学年の進級制度は
「夏までの前期単位をオールSS取っていれば、FからDクラスまでくらいは余裕で上がれるだろ」
1か月が過ぎたが、全クラス合同の授業も、Fクラスの授業も、どちらも内容としてはそこまで難しいものじゃない。SS評価をもらうのは簡単だ。
「そりゃ、アンタの魔術知識ならそうだろうけど……。でも、それでも結局Aには行けないじゃない」
「まぁ、普通は半期だけでAまでは上がれないしな」
「えっ、そうなの⁉」
「そりゃそうだろ。半期でAクラスに上がれるなら入試の意味がない」
前期オールSSでDクラスまで上がり、後期も同じようにオールSSを取れば、1年でBクラスまで上がることが出来る。つまり、通常Fクラスの生徒がAクラスに上がるには、最短でも1年半を要するわけだ。
「じゃあじゃあ、最初から不可能なことを言われてたってこと⁉ どーすんのよー!」
マリアが俺の身体を揺する。
「そこでお前の力が必要なんだよ」
「どういうこと?」
「そもそも入学時のクラス分けは、入試のときのSTARで決められるだろ?」
「そうなの?」
「……お前本当に何も知らねーんだな」
「うっ、うるさいわね! いいから続きを教えなさいよ!」
「入試のときも、筆記分野の他に魔力分野を計っただろ?」
「そうね! 私は主席だったわ!」
胸を張って鼻高々である。
よく考えれば、筆記0点ということは、魔力分野の数値がずば抜けていたからギリギリFクラス合格なのであって、
ふふん、と鼻を鳴らす彼女には、口が裂けても言えないけれど。
「まぁ要するに、筆記成績でAクラスに足りない分を、魔力分野で補うんだよ」
「具体的にはどうするの?」
「まずは実技授業だな」
「あのやる気のない先生のやつ?」
「そうそう。あれの成績は、筆記成績じゃなくて魔力分野成績として
特定の曜日の午後から行われる、実技授業。座学で学んだ魔術の知識を実際に使っていく。その過程で、自分にあった術式を見つけたり、逆に苦手な点を探したりするためのものだ。
「でもアンタ、本当に魔力少ないからあれの成績あんまりよくないんじゃない?」
「ま、そうだろな」
1年生のFクラスとはいえ、ここは魔術学校の最高峰ノアスクシー魔術学園。クラスメイトの魔術平均量は、一般の平均よりも高い。実技で扱われる魔術は、基本的に多くの魔力を必要とするもの。俺ではそもそも魔力が足りなくて発動することすらできないことも多い。
「そうだろなってアンタ。やっぱりバカね、さては」
「人の話は最後まで聞けよ」
「なによ」
「確かに、俺の魔力じゃ実技授業の成績はよくないだろうけど。ただまぁ、あの先生が適当だからなのか、それとも理解がある人なのかは分からないけど……。外力展開で魔術を使うのも特例として認めてくれてるし。成績にも加味するって言ってくれてるからな。あれのせいで大きく後れをとることにはならないと思う」
「ふーん。あの先生、そんな融通利くのね」
マリアは意外そうにつぶやいた。
「でも、結局それじゃAには足りないわよね?」
「そうだなぁ。どれくらい加味してくれてるかわからないけど……、ものすごく都合よく見積もってもCクラスに上がれる分くらいじゃないか」
「結局ダメじゃないの!」
「だーかーら。人の話は最後まで聞けって」
ため息交じりにそう言うと、マリアが吠えた。
「だぁあぁああ‼ アンタの話し方はまわりくどいのよ! いいから、先に! 簡潔に! 結論だけ述べなさい!」
その勢いに圧倒される。
「わかった⁉」
「……はい。ごめんなさい」
「で? 結局アンタは何を狙ってるの⁉」
ずい、と顔を近づけてくる。
「……逆転のチャンスは、夏の大魔術祭だよ」
すると、マリアは首を傾げた。
「大魔術祭って、あの?」
大魔術祭とは、ノアスクシー魔術学園で行われるイベント。魔術の技術を、学年、クラス対抗で競い合う。ただの学内イベントだが、ノアスクシーそのものの知名度に比例して、秋の学園祭と並んで世界的に有名なイベントになっている。
「そう。その大魔術祭の成績は、クラスの全員にそのまま加点される。特に狙い目は、クラスごとに代表者を出して戦う
マリアは納得したように頷いた。
「なるほどね。あれは団体戦だから、私の力が必要ってこと」
「ああ」
大魔術祭の
「俺とお前の2人で個人戦に出て、確実に2勝する。そうすれば、組み合わせ次第ではあるが、問題なく勝ち上がっていけるはずだ」
「確かにそれはそうかもね。で? アンタが確実にAクラスになるには何回戦まで勝てばいいの?」
「例年通りの
「……? なによ」
「いや。例年通りなら、まぁ、うん。優勝すれば、いいだけ。なんだけど」
優勝。それは即ち、最高峰ノアスクシーの最強クラス、3年Aクラスを倒す、ということ。非常にそそる話ではあるが、同時に俺とマリアでも個人戦で勝てるかどうか。難易度は高い。
しかし、マリアはその心配などないようだった。
「なーんだ。じゃあ余裕じゃない!」
そう言って、マリアは立ち上がる。
「優勝するってことは、あの
「そうね。まぁ手強い相手ではあるわ」
俺の口から言葉が出るより先に、マリアが「でも」とよどみなく言葉を続けた。
「余裕でしょ?」
そう言って、にっと笑う。
まったくもって気は晴れない。安心感もない。なぜ彼女がこんなにも真っすぐ純粋に余裕と言えるのか分からない。
でも勝つしかないのは事実だ。
そして、彼女が頼れることも事実。
ため息を一つついて、立ち上がった。
「上等じゃない、やってやるわよ!」
彼女から差し出された拳に、拳を合わせる。
「そうと決まれば! 早速戦うわよ‼」
「もうちょっと待ってくれよ……」
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