第6話 魔術オタクと魔力ゴリラ Ⅴ

 俺とマリア・アルクラインは、お互いが確実に相手を仕留められる距離で睨み合う。

 どちらが先にどう動くか。それが勝負を決する。

 しかし正直、この硬直は不利だ。

 残る魔力じゃ、まともな魔術は使えない。この距離でビームを撃たれたら、確実に消し飛ぶ。先手を取って距離を取るのはマストだ。だが、先に動くのは魔術を用いた戦闘行為では悪手。まして相手はどんな距離でも関係なくビームを撃ってくる。先に撃たせて、次の攻撃に移るまでのわずかな隙をつくのがベストな形だが……。

 そう上手くはいかないだろう。後手の方が有利なのは彼女も知っている。加えて彼女には余裕がある。

「撃ってこいよ。この距離なら外さないだろ?」

「そうね。でも、アンタを倒すなら、撃たないほうが確実だもの」

「外すのが怖いのか?」

「お生憎。戦闘狂の自殺趣味に付き合う気はないわ」

 ダメだ。煽れば乗ってくるかと思ったがそうもいかないらしい。プライドが高いからこそ、自分の確実な勝利を揺らがすようなことはしないんだろう。安い挑発に乗ったのは、Fクラスの相手だからだろうか。筆記0点というからとんだバカかと思えば、こと戦闘においては、少なくともその辺の大人の魔術師よりも手強い。冷静になるべきときは冷静になれる。対応能力も、ビームの命中率も申し分ない。最初に屋根を超えて跳び出したとき、彼女は俺の来る方向が分かっていたようだった。適当に撃っているように見えた最初のビームも、行動を制限していたのかもしれない。

 Aクラスに上がる計画に、彼女の力を借りることが出来れば。成功率は一気に跳ね上がる。だが、恐らく敗者の言葉は聞いてくれないタイプだろう。

 腹をくくる。

 右足で跳躍術式を展開。勢いよく後ろに跳び、距離を取る。

 案の定彼女は杖を構えた。

 今までも、ビームを撃つまでにはためがあった。

 それを狙い、折り返しの跳躍術式を組む。

「甘いわね!」

 ためなしの速射ビーム。

 反射的に防壁術式バリアを張る。

 防壁術式バリアが小さい。折り返したら、もう術式は使えない。

 しかし、フェイントの速射ビームはかわした。この距離なら、俺の方が早い。

 折り返しの跳躍術式が完成し、踏み込む。

「!」

 彼女の左手には、魔術式が組まれていた。

杖を振るタイムラグを無くすため、魔法陣から直接ビームを撃つつもりか!

 速射ビームはおとりかよ‼

 もう止まれない。

 空中に身を投げ出す。

「しまった――ッ」

「今度こそ、もらったわよ!」

 こうなったらイチかバチか、反射術式を書くしか――!

「――……ん?」

 魔力循環、増幅、放出方向指定、構造指定……、爆発――。

「これで終わりよッ! 喰らいなさい!」

「いや、まてお前、これ――ッ!」


 ドッカァアアン‼


 轟く爆音。

 猛る爆炎。

 その爆風で、俺は高々と打ち上げられ、頭から地面に落下した。ギリギリで防御術式を発動した。脳味噌や首の骨に異常はなさそうだ。

「いっっってぇえええ……」

しかし、高魔力の爆発をモロに受けた。防御術式を使っていたとはいえ、それを上回る威力の攻撃では意味がない。背中を軽くやけどしてしまったか。

「なっ――⁉」

「ん?」

 腕の中にいるマリアは無事のようだった。

「お、無事でなにより」

「ななななななな……ッ⁉」

 真っ赤になっている彼女を離して、粉々に吹き飛んだ最後のターゲットを確認する。

「あーくそ、負けたー!」

 フィールド上に展開されていた町が消えていく。やがて歓声が聞こえてきた。

「さてと。さっさと保健室にいくか」

 結果は負け。もうここに長居する意味もないし――。ハッタリで喧嘩吹っ掛けて爆発で吹っ飛んで負けたんだ。いくらなんでもダサすぎる。

 前もって校内探検をしていたのが功を奏した。脱兎の如き勢いでその場を離脱して、保健室へと向かった。


 保健室には誰もいなかったが、生徒が使えるように簡単な薬の類は使えるようになっていた。

「ひー、いてぇいてぇ」

 背中一面、手で届くところには限界があるが、とりあえず自分でやけど薬を塗る。

ふと、鏡に映ったあるものに目が止まる。

「……」

 背中の右側。肩甲骨のあたりにある、翼のようなアザ。本来これがあるのなら、左右で対になっているはずのもの。俺にとってこの半翼は、飛ぶためのものではなく、紛れもない枷。俺から翼を奪ったのは、紛れもなくこの半翼。恨みを込めて睨みつける。

すると、扉の向こうから猛烈な勢いでこちらへ近づいてくる音がした。

大慌てで上にシャツを羽織る。

 この部屋の前で止まったと思ったら、バァン! と扉が開かれた。

「「あ」」

 そこにいたのは、ついさっきまで戦っていた相手。

 さて、なんと声をかけたものか。脳内で言葉を吟味していると、俺が声を発するより先に彼女が口を開いた。

「どいて」

「えっ」

「ベッド。どいて」

「えっ、あ。ごめん」

 そのまま彼女はベッドにもぐりこんでしまった。

「……」

 俺はどうするべきか考え込んでしまう。誰もいない安全な部屋に家族でもない他人と2人きり。そんなシチュエーションに遭遇したことない。というか、よく考えれば、同い年の友達もほぼいない。何をするのが正解で何をするのが不正解なのかもわからない。

 無言のまま固まっていると、布団の向こうから声が聞こえてきた。

「アンタ、何考えてんの?」

「え?」

「最後、私が術式を間違えたとき。なんで助けたのよ」

 そう言われると答えられない。無意識に身体が動いていたのだ。

 恐らく、Aクラスに上がるための計画に支障をきたすから、反射的に守ったんだろうとは思うが。流石にそうは言えない。

「なんか、反射的に……?」

 こういう時にいいウソがつけないのは自分の欠点だ。

「アンタは戦うことを楽しむタイプの人間だと思ったんだけど。違うのかしら」

「それは間違ってないですね……」

「あそこで私を助けなければ、引き分けじゃなくてアンタの勝ちだったのに」

「え? 引き分け?」

「そうよ。私のターゲットも同時に壊れた。だから引き分け」

 なんだ。てっきり負けたものだと思っていた。

「でも私はその結果納得いかないからアンタの勝ちにしてきた」

「どういうこと?」

「だってそうでしょ。いくらFクラスだから油断してたとはいえ……。最後の最後はいつも通り焦って術式ミスっちゃったし……。私の負けよ」

「いいの?」

「いいわよ。もらえる勝ちはもらっておきなさい」

「わかった。じゃあ俺の勝ちってことで」

 しかしこれは、俺のことを認めてくれているということか。なら、Aクラス計画に誘ってみても――。

「でも! 私はアンタを認めないわ!」

「なんでだよ」

「アンタの実力は完全にFクラスのそれじゃないわ。私と同じで何か事情があってFクラスなんでしょうけど」

「あー、まぁ。というか、なんでお前が筆記0点なんだよ。戦って分かったけど、絶対に魔術知識はあるだろ?」

「それは聞かないで。泣きたくなるから。そのためにここにふて寝しに来たんだし」

 ふて寝しに来たのかよ。

「なんで保健室に? 寮に行けよ」

「……そうしようとしたのに、気が付いたらここにいたの」

「迷ったのか」

「うっさいわね! っていうか、アンタ私が筆記0点だった理由を知ってるんじゃないの?」

「ああ。あれウソ」

 すると、ベッドの上の布団が吹き飛んで、マリアが俺に詰め寄った。

「はぁああ⁉」

「ごめん……」

 顔が近い。

「なんでそんなウソついたのよ」

「いや、アルクライン家の娘と一度戦ってみたくて……」

「はー。呆れた。生粋の戦闘狂じゃないの、アンタ。付き合わされたこっちの身にもなりなさいよね」

「うーん。返す言葉がないな」

 すると、マリアは「そうだわ!」と言ってビシッと俺を指さした。

「アンタ! えーっと……。名前は?」

才賀さいが凱也かいやだけど」

「サイガってまさか、東倭とうわ人で初めて選ばれし者アルカナになった才賀さいが九紫ここし⁉」

「あぁうん。俺の母さんだよ」

 するとマリアはえらく納得したように声を上げた。

「はー。なるほどね。東倭人がこのノアスクシーにいるってだけでも珍しいのに、こんなに強いから何者かと思った。けど、あの才賀九紫の息子なら納得だわ」

 ひとしきり頷くと、改めて俺を指さした。

「なら、なおのこと。才賀凱也! 私と戦いなさい!」

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