第5話 魔術オタクと魔力ゴリラ Ⅳ
俺とマリア・アルクラインさんは、本校舎の屋上にやって来た。
その手には、魔術師の命である、杖。
本校舎の屋上には、非常に広大なフィールドがある。魔術を使った対人戦、
「アンタの得意なルールでいいわよ。どうせ私の敵じゃないから」
「じゃあ、お言葉に甘えて……。
絡まれていた男性職員に審判役として参加してもらう。彼が操作盤に入力すると、ただのグラウンドだったフィールドに大小さまざまな家が立ち並ぶ。そして、程なく街が形作られる。そして俺と彼女の目の前に、それぞれ赤と青のボールが3個ずつ現れる。
「準備が良ければ、お二人ともフィールドに転送されますが……」
「ちょっとまって」
「なんだよ。お前が俺の好きにしていいって言ったんだろ?」
「私の
「……へぇ」
「アンタみたいなヤツに負けるわけないけど、でも同じ条件じゃいくらなんでも勝ちの目が無さすぎるでしょ? それはそれで可哀想だと思ってね」
ふふん、と鼻を鳴らす。
「んじゃ、それでお願いします」
「わかりました。では、その設定で転送します」
職員さんが設定をしている間、ちらりと客席を見る。
全校生徒が余裕で入るこの屋上スタジアム。全体の1%にも満たないくらいだが、さっきの
「さて。準備が出来ました。では、転送開始します!」
その言葉と共に、徐々に身体が光に包まれ、やがて視界が光に覆われる。そして視界が開けるとそこはもう市街地フィールドの中だった。
『では、
ブザー音が響く。
「さて、まずは索敵だけど……」
左手で術式を組もうとしたそのとき。
ドガァアアアアン‼
「――⁉」
無茶苦茶な威力のビームが、フィールドの家屋を吹き飛ばしていく。
「なんだこれ」
すると、間髪入れずに猛烈な破壊音が近づいてくる。気が付いたときには既に、ビームは家屋を飲み込み、俺の眼前まで迫っていた。
「やべっ」
ビームの射線から飛び退く。動き遅れたボールが一つ、ビームに飲み込まれる。
「とんでもねー攻撃だな」
簡単な魔力放出攻撃だろうが、それにしてもこの威力はおかしい。補助術式で強化しても、ここまでの威力にはならないだろう。セオリーも何もあったモンじゃない。魔力分野主席合格、だてじゃないらしい。
「面白い。喧嘩売ったかいがあるぜ」
恐らく相手は適当にビームを撃って、俺を焼きだす目的だろう。位置をさらしているのは、自信か、あるいは誘い込むためか。どちらにしろ、こんな芸当は真似できない。接近する以外の選択肢はない。
家の合間を縫って、多少遠回りになったとしても、適当ビームの餌食にならないように動く。直線的なビーム攻撃であれば、ジグザグに動くだけで回避できる。
俺が走って寄っていく間も、彼女はとてつもない威力のビームで家を壊しまくる。おかげで位置はなんとなくわかったが、逆にあのビームをこれだけ連射できることに戦慄する。至近距離であれをくらったら確実にターゲットを全部持っていかれる。
頭の中で幾度も戦闘シミュレーションを繰り返す。
決して舐めてかかれる相手じゃない。予測を下回るのは幸運なことだ。生き残るためには、常に相手の強さを上に上にシミュレートし、その上で、予想外のことまで、想定する。
「――これだな」
勝ち筋が見えた。
ギザギザと遠回りしてきたが、あと少しで接敵できる。脚に力を込め、勢いよく跳躍。屋根の上から相手を確認する。
「来たわね」
目線が合う。
俺に向けて迷いなく杖が振りぬかれる。ビームが宙を割く。
ビームの幅ギリギリのサイズまで圧縮した
彼女の左手がこちらに向けられる。あの魔法陣は、貫通力を上げる術式。
杖が振られ、先ほどよりも鋭く速いビームが迫る。身体をひねってかわすが、ターゲットを一つ抜かれてしまう。落下して転げるように物陰に身をひそめる。
「いてて、やられた」
しかし、ここまでは想定内。むしろ、ターゲット一つで済んでいるのはかなり幸運な方の想定だ。
相手のやり方はわかった。恐らく右手の杖を振れば、ビームが放たれる。基本はそれで攻撃し、左手で補助的に術式を使うことで状況に対応する。性格とこれまでの大雑把なビーム攻撃をみて想定していた通り。シンプルだが、フィールドをめちゃくちゃにするほどの魔力量があれば、充分強い戦い方だ。小細工はいらない、ということか。
「面白れぇ」
これまでこんな戦い方をする魔術師はいなかった。みな、魔術師としてのプライドで複雑な術式を使おうとするからだ。その点彼女は違う。あれだけ尊大な態度を取っていながら、その性格通りの大雑把な戦い方をする。それはきっと、家柄と、そしてその圧倒的な才能に裏打ちされた自信があるからだろう。
しかし、だからこそ、やりようもあるというもの。
自分のなけなし魔力で術式を組み、魔法陣を描く。
「よし、あとは――」
ドガァアアアアアアン‼
俺が落ちた先の瓦礫が吹き飛ばされ、その姿をさらす。
「見つけたわ! これでトドメよ!」
そう言って、杖を構え、その先端に力を溜める。補助術式を展開していく。加速術式と貫通術式。
さっきと同じ。
彼女の術式が完成し、思いきり杖を振る。
その刹那。
「もらった」
物陰から飛び出した。背後を取って。
「――ッ⁉」
彼女の背後にあったターゲットまでもう目と鼻の先。腕を振りぬけば、右手に握った剣がそのターゲットを斬る。
対応は早かった。
左手で術式を展開。振り始めていた右腕の勢いをそのまま、後方に身体をひねる。
しかしそれでも、俺の切っ先がターゲットに届くほうがわずかに早い――。
「私の――、勝ちよ!」
「‼」
ビッ! と放たれた極細のビームが俺の剣に直撃し、ターゲットを掠める。
手を抜けた剣を辛うじて口にくわえて、転げるように着地する。
体勢を整えると同時に左手で剣を向ける。
そして俺の首元にも、彼女の杖が向けられる。
お互いに息が切れる。
「幻影術式とは、やるじゃない」
「そっちこそ。左手で展開する術式が補助術式だけなのは、ブラフか?」
さっき向けられた左手の術式。ギリギリで気が付いたが、補助術式かと思ったら簡単な
しかし問題はこれからだ。最も消耗の少ない形で幻影術式を組んだとはいえ、戦闘に使える魔力はもうほぼない。加えて、俺はターゲットを2つやられて余裕がない。対して相手は無傷。状況は絶望的。
口元がにやけてしまう。
「いいね。ゾクゾクしてきた」
これでこそ、戦うかいがあるってもんだ。
「ふぅん。アンタ、そういう質なわけね」
絶対に勝ってやる。
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