第3話 魔術オタクと魔力ゴリラ Ⅱ

才賀さいが凱也かいや!」

「げ」

『魔術論』の講義が終わるや否や、マリアは俺の方へ詰め寄って来た。

「おうおう、今日もおアツいデスね、カイヤ」

 隣の席に座っていた友人のブレン――、ブレイナックが片言の東倭とうわ語で煽ってくる。

「そんなんじゃねーよ。先に部屋戻っててくれ」

「ハイハイ、ごゆっくり~」

 ブレイナック・ステイシーはルームメイトで、生粋のエイギリアイム人。しかし、東倭語も多少知っているようで、東倭ノ国とうわのくにの出身者と会話するときはなるべく東倭語で話をする。当人曰く練習らしい。とはいえ、学内に東倭人は俺含め3人しかいないらしいが。

「変な表現ばっかり覚えやがって」

「誰が変ですって?」

「いや、お前のことじゃないよ」

 マリアはいつも以上に厳しくこちらを見る。

「なんの用だよ。俺はもう帰るぞ」

「あんた、さっきはよくも余計なお世話をしてくれたわね」

「さっき? なんの話だ?」

「私があてられたときよ」

「あぁ、あれは」

「余計なことしないでくれる?」

「はぁ?」

「その辺のバカと違って私はアルクライン家の娘よ? 有名な魔術論文くらい全部目を通してる。見くびらないでくれるかしら?」

 すると、背後から女性の声がした。

「あらあら。随分な言い草ですねぇ」

 そこに立っていたのは、学内の数少ないの東倭人の一人、天明てんめい愛恋あこ。マリアとは対照的に落ち着いた少女で、東倭で言う大和撫子を絵に描いたような黒髪の美少女だ。

「才賀さんは、あなたを気遣ってくれたんですよ? 我が天明家と並んで御三家と言われるアルクライン家の一人娘でありながら、0という記録をたたき出し、Fクラスになってしまったあなたを」

 彼女は容赦なくマリアをグサグサ刺しまくる。

「まぁ、天明さん。マリアの気持ちを考えなかった俺も俺だし」

 すると、天明さんはこちらを向く。

「あら、天明さん、だなんて随分他人行儀ですね。彼女を呼ぶように気軽に愛恋、とお呼びくださいな」

 にこにこと実に朗らかな笑顔であった。

「じゃあ、俺のことも才賀さんじゃなくて凱也って呼んでよ。その方がしっくりくる」

「そうですか? では、凱也さん」

「あ、はい」

「マリアさんに甘いですよ」

「えっ、そう?」

「そうです。入学式の試合、見ました。素晴らしかったです。確かに魔力は人並みより劣るかもしれませんが、それを補って有り余る知識がある。工夫がある。Fクラスにいるべきではない。Aクラスでもトップを走れるだけの実力があるんです。それがこんなところで油を売っていていいんですか?」

「ははは……」

 それを言われると何も言えなくなる。夏までにAクラスにならなければ退学……。策はあるが、今すぐどうこうなるものではない。もどかしさがあるのも事実だった。

「そんなの私も一緒でしょ! 確かに筆記は0点だったけど、魔力分野は私が主席、あんたは次席よ⁉」

 マリアは愛恋をびしっと指さして吠えた。

「僅差です。それに、筆記は主席ですし。身長もあなたより高いですし。魔力ゴリラと一緒にしないでください」

「魔力ゴリラって言うな!」

「どっちみち、優れた力を持っていても、優れた知恵を持っていなければ宝の持ち腐れ。力と知恵は、どちらも持っていて初めて優れた「実力」となるんです」

「じゃあ、コイツはどうなのよ。力の方は優れていないけれど?」

 マリアが今度は俺を指さして吠えた。すると、愛恋は呆れるように息を吐いて、「これだから魔力ゴリラは……」と言った。

「力、というのは魔力だけではありません。戦闘に必要な技術、技能も力です。凱也さんには身体能力や戦闘技術がある。あの日戦ったあなたならわかるでしょう?」

「ぐっ、それは……」

「魔力でゴリ押すことしかせず、知恵を使わずに戦うようなあなただから、筆記0点なのではないんですか?」

「ぐぬぬぬ」

 そこで、以前から気になっていたことを尋ねた。

「なぁ、マリア。お前なんで筆記0点なんだ? 絶対普通の生徒よりも頭いいし、勉強してるよな?」

 ずっと疑問だった。

 毎度繰り返されるボンバー追いかけっこのとき。確かにマリアが使う攻撃術式はシンプルなものが多いが、きちんと補助術式を使っている。加えてそれは、魔法陣に偽装術式をかけていたり、フェイントでから術式を投影させていたり、と、それなりに知識がある人間にしか使えないような高等補助術式だ。

 高飛車な態度を取るマリアだが、その態度を取るだけの実力と知識は、確かに持ち合わせているのだ。

 じっとマリアを見つめると、だんだんとその大きく碧い美しい瞳に涙が浮かんできた。

「――だもん」

「えっ?」

「間違って解答欄全部一つずつずらして書いちゃっただけだもん~~~‼」

 そう叫びながら、マリアは走って行ってしまった。

「えー……」

 彼女の度を越えたおっちょこちょいは知っていたが、そこまでとは……。

「凱也さん? どこへ?」

「あーいや、俺がマリアを泣かせちゃったわけだし、ちょっと追いかけるよ」

「放っておいてもよいのでは? もうそこまで子供じゃないでしょう?」

「うーん。まぁ、それはそうなんだけど……、さ」

 マリアと初めて会ったときのことを思い出して、駆けだした。

「アイツ、校内で迷子になるから……。じゃあ、ごめん、愛恋、また今度!」

「やっぱり、甘いですねぇ」

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