幕間 カブトムシ学長と最強魔術師

凱也かいや九紫ここしが帰ったあと。ノアスクシー学園本棟、学長室。

「確かに、昨日九紫君が言っていた通りだったな」

「ウン。面白い子だった。あれは育てがいがあるよ」

「ニルレーン。君がその表情をした子はろくな奴がいないぞ」

 昨夜。かつての教え子にして、現在魔術師として第一線で活躍する才賀九紫から、とんでもない連絡が入った。

「『私の息子を裏口入学させて欲しい』とは」

 しかし、彼女の話を聞いて、学長は入学を認めることを既に決めていた。


『あの子は、誰かが正しく導いてやらなくちゃダメなタイプだ』

との約束を守るため、私はあの子に与えられるだけの強さを与えた。そして、同じくらいの知識を与えた』

『アイツのようにならないために。でも、やっぱりアイツの子だ』

『知識を吸収するさまも、その使い方も、何より考え方も』

『親子は似るんだろうね。どんどんアイツに似てきているよ、あの子は』

『学園を本気で、平気で踏み台と言う』

『アイツを変えちまったもの……。それは、青春だ』

『アイツには青春がなかった。変わっていくときに、止めてくれる存在が、私しかいなかった。そして私はアイツを止められなかった』

『アルクライン家の娘が、今年入学するらしいじゃないか。それ以外にも、天明の娘や、例の射手サジタリアスも』

『今のノアスクシーなら、あの子をアイツのようにせずに出来ると思う』

『頼むよ』


「彼の行動原理は、九紫君の言うように、どこか彼女に似ていた」

 才賀凱也は、世界一の魔術師になると言った。それは、恵まれない人たちのためである、と。その目標や目的は素晴らしい。それはきっと、才賀九紫が目的としていたことだろう。世界中を幼いころから直接自分の目で見ることで、学びを与えた。

 しかし、問題はその根っこである。

「確かに、今の我が学園は過去最高だろう。華煉かれん君に加え、えびす君、それに彼と同じ学年には天明てんめいの末娘やアルクライン家の一人娘がやってくるしね」

 しかし、それは同時に、Aランクであるということが困難だとも言えるのだ。

「キミの言うことはわかるよ。凱也クンの行動はどこか矛盾しているって言いたいんだろう?」

「その通りだ」

 入学するために、母親のコネを使って裏口入学することを厭わない。己の目的のためには手段を選ばない。打算的な人間なのかと思えば、しかし同時に、強者と戦うことも望んでいた。1年ずらして正式に入学試験を受ければ、間違いなくAランクで入学できる。そしてAランクで卒業出来れば、卒業後に十二宮ゾディアックや、国の所属魔術師になる道もある。身近にOGがいる以上、知らないということも考えづらい。

「他に理由があるとか、目的があるのであれば、あるいは」

「イヤ。彼は一度もになってない」

「じゃあ、やはり」

「凱也クンは、戦うことを楽しむタイプだね」

「……ニルレーン、君はあの子の未来が見えたのだろう?」

「ウン」

「彼は、彼女のようにはならないのかい?」

「サテ、どうだろう。ボクが見る未来は、可能性の一端に過ぎない。遠い未来であればあるほど、不確定になって行く」

「そうか」

「――ただ」

「ただ?」

飛翔羽子しょうこクンのようになるかどうかは――、正直半々かな」

 烏丸からすま飛翔羽子しょうこ。その名前の生徒がここに。あの事件については記憶を操作した。ゆえに、記憶を持つ人間もごく少数だ。しかし、彼女を知る者は彼女をこう表現する。

 ――悪魔、と。

「誰かが正しく導いてやらなくちゃ、か」

「九紫クンはきっと、自分でどうにかしたかったんだろうね」

「我々は、託された責任を果たさなくてはならないな」

「今のノアスクシーは強い。だからこそ、きっと飛翔羽子クンのように独りになってしまうことはないだろうさ」

「今度こそ、そうならないようにしなくては」

「そうだね」

 ニルレーンには、才賀凱也の未来に関して、もう一つの可能性が見えていた。

 ――進む道が善か悪か、は半々だけど……。彼が生きていられるかどうか、は……。

「これから、面白くなるよ」

 才賀凱也。彼の未来は、が変だった。それが果たして彼の辿る数奇な運命のせいなのか。なものなのか……。

「学長。今年はちょっと気合入れた方がいいかもしれないよ」

 ニルレーンは、見え方のことを伝えた。

「……なるほど。色々と警戒が必要かもしれない、な……」

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