4
「まさか、史孝もサンパウロにいるとはねぇ」
彼女は苦笑して、半分に分けた僕のハムサンドをさらに小さくちぎって口に放り込む。
「3日前に着いたばかりさ。真理恵はいつからここに?」
「1年前かな。あたし、今
「へぇ」
「あの後、千葉大ポスドクの1年の任期切れてから、あたし、どこにも受からなくてさ。それで、海外青年協力隊に応募したのよ。そしたら合格してさ、ミクロネシアに2年間行ってた。こういう仕事、面白いな、っていうか、やり甲斐あるな、って感じて、JICAの職員に応募したの。そしたら受かって、1年国内にいて、去年からブラジル事務所に配属になって、今に至る、というわけ」
……。
僕は西回りに進んでここにたどり着いたけど、彼女は真逆に東回りで進んできたらしい。僕が自分の5年間の話をすると、彼女も感慨深げにうなずいた。
「そうか。それじゃあたしたち、あれから背中合わせのまま、ひたすらまっすぐ、遠くへ、遠くへと進んでいった、ってわけね」
「ああ。だけど……地球表面は
リーマン幾何学は曲がった空間も記述できるように拡張された幾何学だ。球面のような閉じた空間は曲率が正であり、馬の鞍のような開いた空間は曲率が負になる。曲率が0の空間はユークリッド幾何学で記述される空間(ユークリッド空間)と同値だ。
僕がそう言うと、彼女は、ふっ、と笑みをこぼす。
「相変わらずだね。そういう言い方、昔は鼻について仕方なかった。結局それって、単に地球が丸いから、ってだけの話なのに、カーヴェイチュアとか、わざわざ専門用語使ったりしてさ……でも、今は……なんか、懐かしいよ」
「そうか。君も……昔に比べたら、ずいぶん
「ありがと。ね……あたしたち、なんで……別れちゃったんだろうね」
「そうだな……」
僕はそれを思い出そうと試みる。だけど、5年の歳月は、その理由を
「ね、史孝」
「なに?」
「史孝……結婚してるの?」
「いや。してないよ。付き合ってる女性もいない。真理恵は……?」
「あたしも……今は、フリーだよ」
「そうか……」
沈黙。だが、さすがにこの場の雰囲気が読めないほど、僕は鈍感ではなかった。
こういうのは、やはり、男の方から誘うべきなんだろうな。
「真理恵……」
「ん?」
少し媚を含んだ表情。付き合い始めの頃、彼女は良くこんな顔をしていた。
「僕の部屋に、来るか……?」
「……」
彼女はそれに応えず、ただ、小さくうなずいた。
---
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます