6
「お目覚めかな?」
俺は目を開ける。
そこは明るく広い部屋だった。俺の四股は完全に縛られ、ベッドに横たえられていた。頭と腰もベルトで固定されてしまっている。鼻と口は酸素マスクで完全に覆われていた。
「君はもう少し、突入時間を考えた方が良かったんじゃないのかな?」
俺の突入時とは打って変わって明るい表情のリヴァイアサンが、俺を見下ろしながら楽しそうに言う。
「確かに君のタイムゾーンでは四時を過ぎていたかもしれないがね、地球には時差、というものがあるんだよ。ここのタイムゾーンは君の国とは一時間遅れている。だからあの時、ここでは三時になったばかりだったんだ」
……。
なんてこった。痛恨のミスだ。
「そのまま始末してしまっても良かったんだが……君のタイムゾーンは魅力的だ。どうだね。私達の仲間にならないか?」
「!」
周りを見ると、ヤツを含めて十一人の人間が、ぐるりと俺の周りを取り囲んでいた。人種も性別も年齢もバラバラだ。
「こいつらは……いったい……」
「みな、ミラーワールドの住人だよ」と、リヴァイアサン。「しかもそれぞれ一時間ずつタイムゾーンが違う。我々は他の住人が作る鏡面空間でも行き来できるんだよ。ただし、君のタイムゾーン、もしくは君と一二時間ずれたタイムゾーンに所属するメンバーだけがいないんだ。だから君が仲間になれば、我々は三時の制限なしに、常にミラーワールドと元の世界を行き来できるようになるんだ。便利だろう?」
「それで……どうしようというんだ?」
「我々で世界を牛耳ってやろうじゃないか。ここにいるメンバーは皆、同じ考えだよ。そう、誰も我々にはかなわない。君だって、世界を好き放題できるんだよ?」
「……」
全く、なんてステレオタイプな悪役のセリフだろうか。俺は笑いそうになる。
とは言え、状況はかなり不利だ。おそらくここにいるメンバーの何人かは、俺と同じ世界の住人だ。だとすれば対消滅を起こす能力を持っている。多勢に無勢だ。戦っても勝てない。
しかし。
そいつらの体は俺と同じ世界のものだから、それを使って俺が対消滅を起こすこともできるわけだ、が……
そのためには誰か一人に意識を向ける必要がある。そいつを倒せたとしても、それを見た残りのメンバーが俺に攻撃を仕掛けてくるのは間違いない。だからと言ってここで全員を一気に吹っ飛ばすような規模の爆発を起こせば、俺だってただではすまない。
なるほど。考えたな。
「……分かった。少し考えさせてくれ」
「いいよ。好きなだけ考えたまえ」勝ち誇った顔で、ヤツが言う。
「……」
俺は目を閉じ、意識を視界から切り離す。
感じる。
メンバーたちの波動関数……それぞれ波長が違うが、それらが全て重なり合った、その一瞬を……突いてやる!
「これが俺の……答えだ!」
叫んで俺は目を開く。
ドォン!
……さすがに一つ一つの爆発は小さくても、まとまって同時となると、それなりに衝撃は来るものだ。見ると、リヴァイアサン以外の全員が倒れていた。なんとまあ。そりゃ大爆発にもなるよな。
ついでに俺は、自分の体を拘束しているベルト類も対消滅で吹き飛ばし、ベッドから降りて立ち上がる。
「あ……あわわ……」
リヴァイアサンは腰を抜かしたようだ。尻を床に付けたまま、ずるずると引き下がる。なんつーか、テンプレのような子悪党だ。
そう。俺は物理学者。この現象の背後のメカニズムについても、俺はある程度解明していた。
対消滅を起こす反物質を生成するのは、シュレーディンガーの猫でおなじみの「観測」だ。量子状態が不確定な物質を、反物質になるように「観測」することで対消滅を起こす。量子ゼノン効果というヤツだ。しかし「観測」は即ち波動関数の収縮に他ならない。だから波動関数の重ね合わせを利用すれば、同時に全てを「観測」することだってできるのだ。
「力を手にしただけではな、逆にそれに使われていたとしても気づかない。本当に力を使いこなすためには、その本質を見極めなくちゃダメなんだ」
俺はあえて日本語でそう言った。ヤツには理解できないだろう。それでいい。余計な情報を与える必要はない。だが、それはヤツには何かの呪文のように聞こえたようだ。
「やめろ……頼む、やめてくれ……金ならいくらでも出す……」
全く、テンプレもここに極まれり、って感じだ。俺はヤツに向かって指を弾いて、言う。
「シュレーディンガー方程式を解けるようになってから出直してこい。じゃあな」
パン。
ヤツの体が床の上に崩れ落ちた。
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