5
「リヴァイアサン」のアジトがある無人島は、かつてその島のオーナーが冷戦時代に核シェルターを作っていた。しかし近年オーナーが亡くなり放棄されていたのを勝手にヤツが強奪したのだ、という。
俺はとりあえず最寄りの空港までは民間機で移動し、そこからはパルスジェットとウイングスーツで飛ぶことにした。とにかく先手必勝だ。元の世界でじっくり休息し、俺は午前三時になると同時にミラーワールドにやってきた。出撃だ。パルスジェットを吹かし、俺は真っ暗な海上を、高度一〇メートルほどを保って飛び続ける。
ヤツの島の手前、十キロメートルほど離れた位置で、俺はパルスジェットエンジン内蔵の自作ミサイルを島に向ける。GPS内蔵で決められた座標に向かって自動的に飛ぶこのミサイルに弾頭はない。そのミサイルの一グラムでも対消滅できれば、広島に投下された原爆の数倍のエネルギーが放出される。
発射と同時に、全速で回避。
ミサイルがヤツの島の上空に到達するのを見計らって、俺はそれに意識を向ける。
爆発。
一瞬、辺りが真昼のように明るくなる。俺の体は衝撃波に翻弄されるが、大したダメージは受けなかった。針路を反転し、俺は急いでヤツの島に向かう。昼間なら大きなキノコ雲が立ち上っていることだろう。
思った通りだ。島の表面に大穴が開いていて、ヤツのアジトと思われる核シェルターらしき構造物が丸見えになっていた。しかし、さすがは核シェルターだ。破壊されている様子はない。これならヤツは無事だろう。だが、外に露出してしまえば侵入するのも簡単だ。
島に降り立った俺は額に装着したヘッドランプを点けると、指を弾いて見えないほど小さい皮膚のかけらを飛ばし、それを対消滅させてシェルターの入り口を容易くぶっ壊す。中に侵入すると、真っ暗だった。おそらくミサイルの爆発で電源は全て落ちたのだろう。シェルターの規模から言って、一人用だ。ということは、ここにはヤツしかいない。そして俺は、唯一非常灯の明かりが漏れている、ヤツがいるであろう部屋に飛び込んだ。
「!」
ヘッドランプの光の中に浮かび上がったのは、眼鏡をかけた小太りの白人男性だった。身長は一七〇センチメートルもないだろう。年齢は三十代くらいだろうか。伸び放題の髪とひげ。清潔感のかけらもない。
「お、お前は……誰だ?」
英語だった。
「お前と同じ、ミラーワールドの住人……とでも言っておこうか。抵抗は無駄だぜ。お前もそれくらい分かるだろ?」
俺も英語で応える。そして、ヤツの着ているシャツを見た瞬間、勝った、と思った。
ヤツのシャツのポケットが、俺から見て左側に付いている。ということは、ヤツは「この世界」の人間だ。何の特殊能力もない。そして、時刻は四時を過ぎている。もうミラーと入れ替わることはできない。
ヤツ自身にも分かっているのだろう。早々に観念したようだった。ヤツはがっくりとうなだれる。
「私を……どうするつもりだ」
「お前をとっ捕まえて、然るべきところに引き渡す」
「そうか……」
ヤツはいきなり顔を上げ、ニヤリと笑う。
「そう簡単に行くかな?」
そう言うと同時に、ヤツは俺から見て右側を手で広げる仕草をする。鏡平面が現れ、ヤツはそこに飛び込む。と同時に、そこから左右反転したヤツが出現する。
そんな、バカな!?
虚を突かれた一瞬、俺の目の前で何かが爆発する。
やられた……
俺の意識は、そこで途切れた。
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