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あれから何度となく、俺は例の異世界……ミラーワールドを訪れていた。
三時から四時の間であれば、いつでもミラーワールドに出入りできる。しかし、ミラーワールドにいたまま四時を過ぎると、十一時間待って三時にならないと帰ってこれない。
異世界と言っても、ミラーワールドは単に左右が反転しただけの世界だった。文字は鏡文字になってて読みづらいことこの上ない。道路も車は右側通行で、左ハンドル車ばかりだ。だけど、それくらいの違いしかない。別に物理法則が変わったりするわけでもないし、魔法が使えたりするわけでもない。
いや、そうでもないか。
実は、ミラーワールドの俺には、謎の能力があった。
任意の場所で、爆発を起こすことができるのだ。正確に言えば、俺が元の世界から持ち込んだ物質について、それを爆発させることができるのである。その規模も小さなものから大きなものまで、自由自在。
それに気づいたきっかけは、俺がたまたまミラーワールドでくしゃみをしたときのことだった。
しまった、唾を飛ばしてしまった、どこにも届かないでくれ……と思った瞬間、その唾が飛んだ先で小さな爆発が起こったのだ。
これは一体何なのか。
物理の博士号を持つ俺には、何となく見当が付いていた。
俺が「消えろ」と意識を向けることで、俺がミラーワールドに持ち込んだ物質を反物質に変換し、さらにそれをミラーワールドの物質と対消滅させてエネルギーに変えているのだ。
なぜ反物質に変換できるのか。
少し専門的な話になるが、反物質というのは、物質をCP(
そして、俺自身と俺がミラーワールドに持ち込んだ物質は、空間の一軸で既に反転した状態になっている。もちろんそれだけでは反物質とは言えない。だが、一軸が反転しているだけでも、通常の物質に比べて反物質に変換しやすくなっている、とは言えるだろう。
対消滅によるエネルギーは凄まじいものがある。何と言っても、アインシュタインの有名な質量公式、E=mc^2 が示すように、質量がそのままエネルギーとなるのだ。俺の質量を全て対消滅でエネルギー化すれば、原理的には史上最大の水爆、ツァーリ・ボンバ六〇個分の大爆発になる。もちろんそこまでやれば当然俺も死ぬが。
こうして俺は、ミラーワールドにいる限りは凄まじい力を手に入れたことになる。爪の垢を全て対消滅させただけでも大爆発だ。もっと重い物を元の世界から持ってきて対消滅させれば、地球すらぶっ壊せるかもしれない。もはや七つのボールを集めて神の龍を呼ぶ世界のレベルの話だ。スーパーヒーローどころの騒ぎじゃない。
だが、そんな俺にも弱点があった。
俺はミラーワールドの食べ物が食べられない。消化できないのだ。
もちろん水や塩のような無機物は摂取可能だが、デンプンやタンパク質のような三次元的に複雑な分子構造を持つ有機物は、この世界では左右が反転した
だから、俺はこの世界でいつまでも暮らすことができない。それでも、元の世界から食料を持ち出してくることもできるので、それがある限りはミラーワールドにいることができる。とは言え、平日は俺も大学のポスドク(有給の研究員)と非常勤講師の仕事で忙しいので、原則俺は週末だけミラーワールドを訪れるようにしている。
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