第39話
「そうだよ。あたしは吉之のお父さんに恵一を遅刻させればいいってもちかけた。どうしても吉之に勝ってほしかったから!」
恵里果の叫びに吉之が眉間に深いシワを寄せた。
恵里果は口元を振るわせ、目には涙を浮かべている。
今となっては後悔してもしきれないことだろう。
自分のせいで、あたしが事故に遭ったのだから……。
「そんなことをして俺が喜ぶとでも思ったか」
吉之の言葉に恵里果が手の甲で涙をぬぐう。
「思ったよ! あたしは吉之の笑顔が見たかった! 吉之のお父さんだって同じ気持ちだよ? だから――」
そこまで言った瞬間、パンッ!と、肌を打つ音が教室内に響き渡っていた。
恵里果がその衝撃で横倒しに倒れ、左ほおを押さえて唖然とした表情を浮かべる。
咄嗟に恵里果に駆け寄ろうと思ったが、吉之の重たい雰囲気を感じて動く事ができなかった。
吉之は恵里果の目の前に仁王立ちをして、見おろした。
肩で大きく呼吸をしている。
「俺は自分の実力で試合に勝つ。卑怯な真似はしない!!」
吉之の怒号がビリビリと窓を揺らす。
吉之は真っ向から恵一に向かって行っていたのだ。
今はダメでも、いつか必ず勝つ。
自分の実力で、努力で、勝利を手にする。
そう信じて今までやってきたのだ。
恵里果と吉之の父親がやったことは、吉之の気持ちを踏みにじるものだった。
吉之の今までの努力も実績も、真っ黒に染め上げる醜態……。
「で、でも、高校の思い出になるじゃん!」
恵里果は涙を流しながら訴えかける。
「そんなもので作った思い出、俺はいらない!」
吉之の言葉に恵里果は下唇を噛みしめ、そして両手で顔を覆って嗚咽した。
「恵里果……」
なにか声をかけようと一歩前へ踏み出したが、恵里果に睨まれて立ち止まってしまった。
「あんたのせいじゃん」
とても小さく震える声で恵里果が言った。
一瞬聞きとる事ができなくて首をかしげる。
「え、なに?」
その場で聞き返すと、今度は叫ぶような声で言った。
「あんたのせいじゃん!!」
それは紛れもなく、あたしへ向けて言われた言葉だった。
あたしは唖然として立ち尽くし、恵里果を見つめる事しかできなかった。
恵里果は目に涙をためてあたしを睨み続けている。
「あたしの……せい……?」
どうにか、震える声を絞り出して聞いた。
恵里果は一体なにを言っているんだろう?
あたしが原因で事故を起こしたと言いたいんだろうか?
どうして?
聞きたいことは山ほどあるのに、喉の奥に張り付いて出てこなかった。
全身から体温が奪われて行くような感覚がして、とても寒い。
あたしは両手で自分の体を抱きしめた。
そうすることで、これから恵里果が語ることから自分を守れるとでもいうように。
「そうだよ! あんたが男に良い顔ばっかりしてるからじゃん!」
恵里果の言葉には身に覚えがなかった。
あたしは誰彼問わず親しくしたりもしていない。
「なんのことかわからないよ……」
そう言う自分の声がひどく震えていた。
なにがどうなっているのか、理解に苦しむ。
その時だった……「珠のせいじゃない」吉之が言った。
「え?」
どうして吉之があたしを庇うんだろう?
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