第34話~珠サイド~
真弥がそう呟いた瞬間、カチッ!と音がして時計の針が動いていた。
35分だ。
その結果に、全員の視線が吉之へ向かう。
これにはさすがに吉之もたじろいだようで、後ずさりをした。
一瞬にして青い顔になり、ブンブンと子どもみたいに左右に首をふる。
「俺はなにもしてない!!」
震える声で叫んでも、誰も吉之の言葉を信用していなかった。
「そ、そうだよ! だいたい、カラーボールを受け取ったのはオジサンだったんでしょう!?」
恵里果の懸命叫び声により、あたしは貴央の言っていたことを思い出していた。
カラーボールを受け取ったのは50代の男性だったと言っていたはずだ。
「確かにオッサンだった……」
貴央が何度も頷く。
「ほらみろ! 俺じゃない!」
吉之は全員へ向けて目をむいて叫ぶ。
カラーボールを受け取ったのが吉之じゃないとすれば、動悸の部分が揺らいでくる。
だけど、時計の針は確かに進んだのだ。
「もしかして、そのオジサンから吉之がカラーボールを受け取ったんじゃ……?」
真弥が恐る恐るという様子で言葉を絞り出す。
「なに言ってんだよ! カラーボールなんて俺は知らないぞ!」
「自分が直接カラーボールを入手しなかったのは、犯人だってバレないように偽装しようとしたんじゃないのか?」
貴央が鋭い視線を吉之へ向けている。
「本当に俺はなにも知らないんだよ! 確かにキックボクシングではいつも2位や3位だ。恵一がいる限り、俺がトップになれることはない! でも、だからって事故なんて起こさない!」
吉之がどれだけ懸命に訴えかけても、一度失った信用は簡単には戻せない。
ここにいる全員が、吉之がなんらかの形で事故に関わったに違いないと感じていた。
「あの日の試合、結局吉之先輩が1位で終わりましたよね」
そう言ったのは1年の一輝だった。
一輝も由祐も同じキックボクシングをしているから、試合結果も当然知っていた。
「そうだけど、おれじゃないんだってば!!」
吉之は唾をまき散らし、目に涙を浮かべて叫ぶ。
見ていて哀れになるほどだった。
「もういいから。俺がカラーボールを渡したあのオッサンは誰だったんだ? 吉之の知ってるオッサンだったんだろ?」
貴央が冷めた視線を吉之へ向けて言った。
「知らない……! オッサンって誰のことだよ!」
そう答えながら、吉之はその場に膝をついてしまった。
自分がなにを言っても誰も信じてくれない。
この状況に、立っていることすら困難になったのだ。
「もうやめてよ! 吉之1人をここまでイジメるなんてひどいよ!」
恵里果が吉之の隣に座り込み、あたしたちを睨み上げた。
「これがイジメに見えるのか? これは大切なことなんだぞ」
恵一が言い返しても、今の恵里果には届かない。
恵里果からすれば、全員が吉之を追い詰めているようにしか見えないのだろう。
「吉之はなにも知らないって言ってるじゃん! なのに、どうして信じてあげないの!?」
叫ぶ目から涙が伝って頬を流れて行く。
恵里果の涙に一瞬胸がチクリと痛んだ。
親友の涙はさすがに胸に刺さるものがある。
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