第16話

こんなの、映画や漫画の世界でしか見たことがない。



まさか、自分が巻き込まれてしまうなんて、考えてもいなかった。



「誰かって誰!?」



恵里果が叫び返す。



「わからないよ。だけど……こんなことができるんだから、人間じゃないんだろうな」



貴央の言葉に全員が静まり返った。



人間じゃない何者かが、あたしたちをここに閉じ込めた……?



「それじゃ相手の目的もわからないし、生きて外に出られるかもわからないってことだな」



天井を剥がしていた吉之が肩で呼吸を繰り返して呟く。



剝がれた天井を確認してみると、そこも床下と同じで岩のようなもので覆われている。



恵里果が吉之の腕を掴み、小刻みに震えている。



「もう1度、考えてみよう。珠が事故に遭った土曜日、それぞれなにをしていたか話すんだ」



ずっと考え事をしていた恵一が言った。



「まだ、あたしのことを疑ってるの!?」



思わず声を荒げて聞いていた。



少し油断していたところに、冷や水をかけられたような感覚だ。



一気に体中に汗が拭きだし、怒りに似た感情で体温が急上昇していく。



「疑ってなんかない! 床も天井もダメだった。この空間の中で唯一のヒントになっているのが時計だけなんだ」



恵一にそう言われ、あたしは時計に視線を向けた。



長針は相変わらず5分の場所で止まり、秒針ばかりが空しく動き続けている。



「それなら、あたしはさっき言った通りだよ。珠に連絡して、約束場所にいた」



恵里果があたしを庇うように早口に答えた。



「そうだよ。これから先のことは、あたしは覚えてない」



あたしは深呼吸を繰り返して言った。



記憶していないものを説明するのは無理だ。



「俺はキックボクシングの試合に行ってた」



そう言ったのは恵一だった。



「それは恵一の話でしょう? 珠と関係ないじゃん」



貴央の後ろから真弥が言う。



「あぁ。だけど、ヒントになるかもしれないだろ? さっきも言ったように、それぞれが何をしていたのかを話すんだ」



恵一の言葉には有無も言わせぬ威圧感があった。



「どうしたの恵一、なにか焦ってるの?」



あたしがそう聞くと恵一は大きく息を吐きだしてこちらを睨み付けて来た。



その、人を射抜くような鋭い瞳に思わずたじろいでしまいそうになる。



「焦ってるに決まってるだろ。俺だってこの教室から早く出たいんだ」



それはここにいる全員に共通している感情で、あたしは黙り込んでしまった。



少しだけ恵一のことを疑ってかかっていた自分に気が付いてため息を吐きだす。



この空間で焦っていない人間なんて1人もいなかった。



そして恵一の今の発言に嘘はなさそうだった。



恵一と吉之がキックボクシングをしていることは、あたしも知っている事実だから。

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