第10話

一輝の言葉に恵一は頷いた。



「確かにあるよな。だけど学校の時計でそのタイプは見たことがない。昨日まで普通に動いてたしなぁ」



このタイミングで時計が壊れるなんて、なんだか嫌な予感がした。



本当に、時計の針とこの空間が無関係だと言い切れるだろうか?



そう考えていた時、不意に恵一が目を見開いて全員を見回した。



「どうしたの恵一?」



あたしがそう聞くと「さっき時計が動いてたとき、俺たちはなにしてた?」と、質問してきた。



「え?」



あたしは瞬きをして恵一を見つめる。



さっきまでと同じように、この教室内で会話をしていただけだと思うけれど……。



「もしかして、俺たちの行動が引き金になってこの時計が動くんじゃないか?」



恵一が興奮したような口調で言う。



しかし、恵一の考えに頷く生徒は1人もいなかった。



きっと、考え方があまりに突飛だからだろう。



眉を寄せたり、目を丸くしたまま返事はしない。



吉之が立ち上がり、軽く両腕をもんでマッサージをした。



「恵一の考えが正しかったと仮定して考えると……俺たちがしていたのは、珠がいつ退院したのかって話だ」



吉之の言葉にあたしはハッと息を飲んだ。



そうだった。



あたしがいつ退院して、どうしてここにいるのか。



そんな話をしている時に時計の音が聞こえて来たんだ。



思い出した瞬間、嫌な予感がして背中に汗が流れて行った。



7人の視線があたしに向かい、後ずさりをする。



まるで視線にがんじがらめに囚われてしまいそうな、恐怖心が沸き起こった。



同時に強く左右に首を振っていた。



「あ、あたしはなにも知らない!!」



この空間に関係のある人物だと思われたら嫌だ。



下手をすれば悪者になってしまうと思い、必死で「違う、知らない」と繰り返す。



自分でも気が付かない間に後退を繰り返していたようで、背中にロッカーが当たった。



「落ち着いて珠。誰も珠が犯人だなんて言ってないじゃん」



恵里果に言われてあたしは深呼吸をした。



確かに誰も言っていない。



だけど、みんなの視線が、場の雰囲気が、あたしが犯人だと言っている。



「こんな空間を珠1人で作れるわけがないもんな。犯人が誰かっていうことよりも、珠の話をしていたことと、時間が進んだことの関係性の方が大切だ」



恵一が早口に言ってくれたおかげで、周りの雰囲気が少し和らいだ気がした。



あたしは大きく息を吸い込み、そして吐き出した。



まるで長い間呼吸を止めていたような感覚がする。



「それなら簡単に試してみることができるじゃないですか。珠先輩の話題をもっと沢山してみるんです。それで時間が進めば確定ってことで」



1年生の一輝が言う。



その通りかもしれないが、自分としては良い気分じゃなかった。



それだと結局、この空間とあたしの存在が密接に関係していることになってしまう。



つまり……この空間を作りあげた、犯人……。



あたしはゴクリと唾を飲み込んで7人を見つめた。



恵里果は心配そうにこちらを見ていて、真弥は相変わらず貴央の後ろに隠れるようにして立っている。



恵一はどうにかこの場をまとめようと必死に動いてくれていて、1年生の2人はそれに従う形だ。



吉之は1人でなにかをずっと考え込んでいた。



「珠、なんでもいいから自分に関する事を話してみてくれない?」



恵里果に言われてあたしは「そんな事を言われたって……」と、口ごもる。



突然自分のことを言えと言われても、なにを話せばいいのかわからなかった。



それにこの状況だ。



自然と心臓が早鐘を打ち始めて、また呼吸が苦しくなってくる。



少しでもいいから、みんなの視線から逃れたくて下を向く。



それでも体に付きささる視線は否が応でもあたしを追い詰めていく。



「とにかくなんでもいい。趣味でも、嫌いな食べ物でも」



恵一が優しい声で言う。



怯えながら視線を上げると、恵一の優しい笑顔があった。



他の子たちとは違う、不安を和らげてくれるような笑顔。



そこであたしはもう1度大きく深呼吸をした。



大丈夫。



趣味や嫌いな食べ物を話したくらいじゃなにも変わらない。



自分自身にそう言い聞かせて、ゆっくりと口を開いた。

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