第9話

「入院? なんのこと?」



どうにか二の句を継いだけれど、混乱し過ぎて頭の中は真っ白になっていた。



「覚えてないの? 交通事故に遭って入院したじゃん」



恵里果に言われてもなにも思い出せない。



交通事故?



入院?



一体なんのことだろう?



あたしは唖然として左右に首を振った。



「わからないよ。2人とも、なにを言ってるの?」



そう言うと、恵里果と恵一は目を見交わせて眉を寄せた。



その反応を見ると、まるであたしの方が間違ったことを言っているように見えてしまう。



『2人とも勘違いしてるんじゃないの?』そう言おうとした時だった。



得体の知れない恐怖心が湧き上がって来かと思うと、カチッ!と、大きな音が教室に響いていた。



ハッと息を飲んで音がした方を振り返ってみると、時計の長針が5分のところに移動しているのがわかった。



「時間が進んだ……?」



C組の吉之が眉を寄せて呟く。



「でも今、一気に5分のところに行きましたよね?」



1年生の一輝が怯えながら言う。



「壊れてるだけだろ」



もう1人の1年生、由祐がそう返事をして、椅子を持って時計に近づいた。



上履のまま椅子の上に乗り、時計に手をかける。



「あれ、外れないな……」



両手を伸ばして時計を外そうとしているが、なかなか外れないようだ。



「時計のことなんてどうでもいいよ。早くここから出して!」



「真弥、落ち着けって」



真弥が悲鳴のような声を上げて、貴央がなだめている。



真弥の目にはいまもまだ涙が滲んでいて、興奮状態にあるためか頬が赤く染まっている。



このままだと、いつ誰が発狂しはじめてもおかしくなかった。



一刻も早くこの教室から出る必要がある。



「どうして時計が進んだんだろう? もしかして、なにか変化があったとか?」



根拠はなかったが、あたしはブツブツとそう呟いた。



このタイミングで突然時計の針が動いたことと、この世界がなにか関係しているのだとすれば、目には見えない変化があったのだとしか考えられなかった。



「よし、もう1度窓を壊してみよう」



C組の吉之があたしの呟きを聞いていたようで、椅子を片手に窓へと移動しはじめた。



恵里果がすぐに後を追い掛ける。



「私も手伝う」



そう言って近くにあった椅子を手に取った。



危ないからやめなよと言う言葉を喉の奥に押し込み、2人を見守る。



「いくぞ! せーの!」



吉之の掛け声と共に、椅子が窓に振り下ろされる。



ガツン! ガツン! と、大きな音が何度も繰り返し響き渡り、真弥が耳を塞いで両目をギュッと閉じた。



吉之と恵里果の2人が、1枚の窓に交互に椅子をぶつける。



しかし、ガンガンと不快な音が教室内に響くばかりで、窓にはヒビ1つ入らない。



吉之と恵里果はだんだん体力を奪われ、最後には椅子を投げ出してしまった。



「全く歯が立たない……」



吉之は肩で呼吸をしながらそう言い、その場に座り込んでしまった。



「吉之、大丈夫?」



恵里果が心配そうに吉之の隣に座り込んだ。



「やっぱりダメか……。なぁ、その時計、この空間とは関係ないのかな?」



恵一が時計に近づき、マジマジと確認している。



「外れないだけで、どこにでもある普通の時計ですよ」



由祐の言葉に恵一は顎に指をあてて考え込んでいる。



時計は再び秒針ばかりが進み、長針が動かなくなっていた。



「もしかして、5分に一回進むタイプの時計じゃないですか? そういうのもあるでしょ?」


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