第5話

そして、再び窓の外へと視線を移動させる。



その瞬間、違和感が胸をざわつかせた。



「ねぇ……恵里果。ちょっと来て」



思わず手招きをして恵里果を呼んでいた。



「どうしたの?」



恵里果があたしの隣に立ち、太陽の光に目を細めた。



「街を見て」



あたしは窓の向こうを指さして言った。



一見、いつもと変わらない街並みが見える。



だけど、その光景は異様だったのだ。



「なに?」



恵里果は気が付かないようで、首をかしげている。



「気が付かない? 車も自転車も人も、誰も通ってないんだよ?」



そう言う自分の声が微かに震えた。



背中に冷たい汗が流れて行くのを感じ、唾を飲み込んだ。



いつもなら、この窓から街の喧騒が聞こえ、肉眼でも人々や車が行きかうのが見える。



それが今日は一切見えないのだ。



「本当だ……」



恵里果が大きく目を見開いて呟く。



学校の近くに立っている企業のビルからも、社員が出て来る気配がない。



昼時に、外のコンビニや飲食店に行く人が1人もいないなんて、今まで1度もなかったのに。



「ねぇみんな! やっぱりなんだかおかしいよ!」



恵里果が振り向いて叫ぶように言う。



1年生の2人がすぐに駆け寄って来て街の様子を見つめた。



「人の気配がない…」



一輝が小さな声で言う。



「こんなのあり得ない。おかしいのはこの教室だけじゃないってことですか?」



由祐が声を震わせた。



教室の中も外も普通じゃないのなら、外へ出たところで助かるかどうかわからなかった。



「あたしたちの家族はどうなってるんだろう」



恵里果が遠くの景色へ視線を向けて言った。



そうだ。



街の中には自分の家族や友人が暮らしている。



それだけじゃない。



沢山の人々の暮らしがあるのだ。



「……全員どこかに消えちゃったとかじゃないですよね?」



由祐の言葉に誰も返事ができなかった。



昨日まで普通に暮らしていた自分たちの世界がどう変化してしまったのか、まるで見当もつかなかった。



「世界が終る前の、ノアの箱舟じゃないよね……?」



恵里果の言葉にあたしは左右に首を振った。



「まさか。この教室が箱舟ってこと?」



「だとしたら、俺たちは生き残ったってことですよね?」



一輝が言うが、あたしは返事をしなかった。



あたしたちだけが生き残ってすでに他の世界の住人はいなくなっただなんて、そんな荒唐無稽な話は信じられない。



家族や友人たちがすでに死んでしまったなんて、信じたくもなかった。



「みんな、ちょっとこっちに集まってくれ」



恵一の声がして、あたしと恵里果は同時に振り向いた。



強い太陽の光を見ていたため、目がチカチカする。



見ると、いつの間にか他の全員が教室の中央に集まっていた。



「どうしたの?」



送れて4人で中央へ集まると、恵一が軽く目配せをしてきた。



『まかせておけ』と言われた気分になり、耳を傾ける。



「ここにいるのは8人だ。とりあえず、自己紹介をしようと思う」



恵一が真剣な表情で言った。



「自己紹介なんてしてる暇あるの?」



恵里果が顔をしかめて言った。

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