第21話 強襲!グレーターデーモン

 階段を降りると例の隠し扉がある。


 巧妙に隠されているのは、階段側も同じであった。こちらから隠す必要があるかは分からないが「まあ、セキュリティの一つなんじゃろ」というチェルシーの言葉でとりあえず納得することにした。


 扉を開けると広めの玄室がある。


 通ったときには気にも止めなかったが、この部屋は荷物置き場のようになっていた。

 多数の木箱が積み上げられ、樽も複数置かれている。

 外につながる洞穴を見た今となっては、ここが外から運ばれた荷物を積みこむ搬入口バースなのだと理解できた。

 この部屋に持ち込まれた荷物は、用途によって仕分けられた後、それぞれの部屋へと運ばれるのだろう。

「ふん。うちの羊も、ここに運ばれたってわけかい」

 見れば、部屋には獣をばらす木製の作業台もあった。

 チェルシーは忌々しげに火球を放ち、一瞬にして作業台を灰に変えた。


 その直後だった。


 作業台がぜる音を聞きつけたのか、部屋の扉が開き、男が一人入ってきた。

 右手に槍、左手にランタンを持った、東方風の鎧を着けた、重装の男だった。

「だ、誰だ! お前ら!」

 と男が言うやいなや、ヨシルは大きく跳躍して男の背後を取ると、回し蹴りで軽々と部屋の中央に吹き飛ばした。そして、メイドらしいたおやかな仕草で開かれた扉を閉めた。

 ねる子は蹴り飛ばされた男の左手をねじ上げ、足を引っ掛けて床に押し倒した。

「そうか、お前らだな、夏の都シャングーに入り込んだという不届きものは!」

「黙らっしゃい! 羊泥棒どもが!」

 チェルシーは左手に杖を顕すと、ガツンと男の額を小突いた。

「ザナドゥについて、洗いざらい話してください。それと、蒼き狼の宝玉のありかについても!」

「教えるかよ!」

 そう言うなり、男は自由な右手で懐から小さな縦笛を取り出すと、ピーと甲高く不愉快な音を吹き鳴らした。

「悪魔のリコーダーだと!」

「そうさ。地獄からお前らを喰らう悪魔の軍団を呼び寄せたのさ。俺がこの階にいたのも、唯忠理ゆたり様に命じられて侵入者を殺すためだ。そして、この笛は唯忠理様からいただいた切り札」

 男がやけっぱちに笑い出す。

「さあ来い! 偉大なる悪魔グレーターデーモンよ! こいつらを…」

 言葉が全て終わらないうちに、ねる子は男の首を刎ねた。

「厄介なことになりましたね、おばあさま」

 いつの間にかチェルシーの傍らに控えていたヨシルが言う。言葉とは裏腹に、表情に不安の色はない。

「そうさな。あいつらは、魔法が通用しない。こうなったら、ワシはただのババァじゃ」

 床に五つの魔法陣が描かれた。そして、魔法陣の中央から鋭い鉤爪を持った手と、青い鱗に覆われた腕が伸びてくる。

「しかし、いきなりグレーターデーモンを呼ばれるなんて…。ねる子ちゃん、だいぶ暴れたんですね」

 ヨシルに口に手を当て、フフフと小さく愉快そうに笑い出した。


 そういうことなのだろう。


 ねる子が怒りに任せて魔物を鏖殺おうさつした結果、唯忠理がパトロールに悪魔の笛を携行させたのだ。


 悪魔は強力な存在だが、常時迷宮に留めることにはリスクがある。破壊衝動に駆られた彼らが、迷宮の住人を食い殺し、迷宮そのものを破壊しかねないからだ。

 だから必要なときだけ呼び寄せる。悪魔の笛は、そのためのものだ。


 やがて、大きなねじれた角と乱杭のような牙を備えた邪悪な頭が現れた。と同時に、五匹の角の持ち主が一斉に魔法陣を飛び出した。


 グレーターデーモン。

 偉大なる悪魔、短くは大悪魔と呼ばれる、地獄の上位悪魔だ。

 上級の冷気と炎の魔法を操り、しかもほとんどの魔法を抵抗レジストする。

 魔法は地獄の中から生み出されたという説がある。それは、悪魔達が魔法を操り強力な魔法抵抗を備えているからだ。


 つまり、悪魔は魔法のスペシャリストなのである。

 しかもグレーターデーモンは巨躯とそこから繰り出される破壊力ある打撃、さらは爪には麻痺毒を備える。魔法でも物理攻撃でも 


 咆哮が共鳴する。地獄から這い出て、生けるものの世界を殺し、破壊する喜びに満ちた声だ。


 ブゥンと、後ろの方から音がした。ねる子たちの前に、魔法の障壁が張られた。グレーターデーモンはその巨躯に加え、高度な攻撃呪文も得意とする。それを遮るためのバリアだ。

「さて、嬢ちゃんとヨシルがどこまでやれるか、見ているとしようぞ」

「承知しました」

 ヨシルがうやうやしくおじぎをすると、悪魔たちに向き直る。チェルシーを載せた空飛ぶクッションは後ろの壁まで下がった。

 そして壁を背にしたチェルシーは敵に恐怖を与える呪文を唱えた。


 それが、開戦の合図となった。


 チェルシーの呪文に虚をつかれたグレーターデーモンたちは、動きを一瞬とめ、動きを鈍らせた。感覚に訴える呪文は呪文抵抗や攻撃魔法を防ぐ結界には影響されない。それはグレーターデーモンにしても同じであった。


 グレーターデーモン自身は、ねる子にとって脅威ではない。この悪魔は、迷宮の支配者が最下層に配置する魔物として定番の存在だ。だから何度も交戦した経験がある。


 実際、動きを止めたグレーターデーモンに駆け寄り、一瞬にして二体の首を刎ね飛ばした。ヨシルも一体に回し蹴りを入れ、巨体を壁際まで吹き飛ばして肉塊に変えた。


 だが、その間に四匹のグレーターデーモンが魔法陣から現れた。


 そう、グレーターデーモンの本当の脅威は、高い戦闘力もさることながら、次々と仲間を呼び寄せ、スライムのごとく無限に増殖していく点だ。


 迷宮攻略の小隊パーティは六人が定番だ。

 六人揃っている状態なら、グレーターデーモンが増えても手数で押し切れる。

 しかし今回は実質ねる子とヨシルの二人。チェルシーができることは、せいぜい強化と弱体の魔法でサポートすることだけだ。

 これでは逆に、ねる子たちが数で押し切られかねない。


 さらに懸念すべきは、回復役ヒーラーがいないことだ。

 グレーターデーモンは巨体に比例した打撃力を持つだけでなく、鋭利な爪に猛毒と麻痺毒を備える。毒を受ければ、回復する手段がない。つまり、打撃に専念するのは危険ということだ。


 迷宮に入る前の楽観的な考えは消え去った。グレーターデーモンの群れは、的確にこの3人の弱点をついていた。


 そして、さらなる脅威がねる子たちを襲う。


「まさかあれは…」


 ねる子は見た。グレーターデーモンたちの巨躯の向こうに、いつの間にか別の悪魔がいたことを。


 トーガを纏う骸骨。右手には石版タブレットを抱えている。一見、不死者アンデッドに見えるは…


法典の大悪魔リュクルゴス!」


 古代の都市国家スパルタの伝説的立法者の名で呼ばれるその悪魔は、本当の名前は知られていない。ただ抱えるあの石版には、人類が最初に生み出した法律が記されているという言い伝えゆえ、リュクルゴスと呼ばれている。


「ユニークモンスターか。これは面白くなってきた」

 チェルシーが舌なめずりする。


 ねる子も、名だけ聞いたことがあるが、実際のリュクルゴスを見るのは初めてだった。だが、あの悪魔の笛には、リュクルゴスを呼び出すような力はなかった。


 となれば、

「私達に興味を抱いて、向こうから出てきたということですわ」

 ヨシルはあくまでいつもどおりで、この事態にも怯むところはない。グレーターデーモンの爪を受けてもひるまず、拳で腹に穴を空け、顔面を殴って石榴ざくろにする。ねる子も負けずに、グレーターデーモンの首を刎ね続ける。


 後ろにいたグレーターデーモンが火球を投げつけてきた。床を転がって避ける。障壁にぶつかった火球は派手な轟音を放ってぜた。

 目前の敵だけに集中できない。後ろのグレーターデーモンは後方支援として魔法による砲撃を行ってくる。


「さて、この難局。君たちはどう乗り切るのかな?」


 そんな最中、どこからともなく女の声がした。


 深い紫の契丹きったん服。手には馬頭琴スーホ


耶律唯忠理やりつゆたり!」


 彼女はいつの間にか、高く積み上げられた木箱の上に座っていた。

「見物させてもらうよ。悪魔たちと、君たちの戦いをね」

 唯忠理が言うやいなや、顕現した五体のグレーターデーモンが襲いかかる。

 ねる子は飛び上がって先頭の一体の首を刎ね、空中で身体を捻りながら次の一体に回し蹴りを放つ。間合いが離れたグレーターデーモンに膝蹴りで追い打ちをかけて首を刎ねた。

「ふふ、なかなかやりますね。ねる子ちゃん」

 ヨシルはコロコロと笑っている。

 そうしながら、後ろから襲いかかってきたグレーターデーモンに一瞬で身体をひねると十発の拳を叩き込んで絶命させる。

「では、地獄にお帰りください」

 ヨシルは会釈して、煙をあげて地獄に戻るグレーターデーモンの千切れた肉体を見送った。

「あの態勢から十発…」

 した動きだった。

 最中、後方から氷結魔法が飛んできた。部屋の中央にひょう混じりの吹雪が渦巻く。グレーターデーモンが放ったものか、それともリュクルゴスの唱えたものか。


 ねる子とヨシルは一斉に飛び退き、呪文の影響下から逃れた。幸い、チェルシーが展開した障壁に阻まれ吹雪の影響は二人に及ばなかった。

(いまだ)

 ねる子は懐から苦無くないを取り出すと、その真っ白か竜巻の向こうにいるは唯忠理に投げつけた。

 視界を遮る吹雪の中から不意に飛んでくる鋭利な苦無。さすがにこれは避けられまい。これで唯忠理に一矢報いることができる。


 だが、唯忠理はそんな甘い相手ではなかった。突然視界に現れた苦無の軌道を見切ると、最小限の動きで上半身をそらした。。

 キーンと、壁に刺さった苦無が鳴いた。

「汚いなさすが忍者きたない」

 あざ笑いながら唯忠理は、壁に刺さった苦無を引き抜き、興味なさげに床に投げ捨てた。

「私に殺気を放つのはいいが、よそ見をしている余裕はあるのかい?」

 唯忠理の言葉と同時に、三体のグレーターデーモンがねる子に襲いかかる。

「そうかい、あんたが耶律唯忠理。ゴジャールの腹心か」

 後ろの方で戦いを傍観していたチェルシーが、同じく木箱の上で琴片手に眺めている唯忠理を睨んだ。

「何、いきなり話しかけてきてるわけ?」

 そう言いつつ、唯忠理は余裕ありげな笑みを浮かべる。

「ここで会ったが三百年目! 家族の仇をとらせてもらうよ!」

 チェルシーはスティックを振り上げ、詠唱をはじめた。

 だが、呪文は完成しなかった。唯忠理が馬頭琴をかき鳴らした。と同時に、チェルシーの声が消えた。

「ご老人、静かにしていてもらおう。私はただ、この戦いを見たいだけ。あなたたちに害を加えるつもりはない」

 チェルシーが黙ったのを確認して、唯忠理は戦場に向き直った。


(つづく)

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