第20話 大魔道師と格闘メイドと

 老魔導師チェルシーの弟子は、複数の男性を伴って朝一番で牧場へとやってきた。

 小太りの中年男性だった。彼もどうやら魔法使いらしいが、身なりがいいので、今は商人でもやっているのかもしれない。

 さしずめ、お供の男性は店の従業員と言ったところか。


 ヨシルと共に羊の番をする犬たちが駆け寄ってくる。犬たちは、この男性によく懐いてた。

「師匠、くれぐれもお気をつけて」

「心配してくれるのはうれしいけど、ベレゼン、ワシを誰だと思ってるんだい?」

「あんまり無理をされると…もうお年なんですし」

「歳がなんだってんだい。なんなら、今ここで星を落としてあたしの健在ヤングぶりを披露したっていいんだよ?」

「滅相もない!」

 弟子の男性、ベレゼンはただ師匠を心配しただけなのに、それを流星メテオストライクで返そうとは。

 チェルシーという老婆、どこまでも破天荒なようだ。

 老婆はベレゼンにあれこれ言い含めた後「それじゃ、いこうかね」とねる子に道案内を促した。

 ねる子とヨシル、そして空飛ぶクッションに座ったチェルシーの三人は、ねる子が来た森の道へと向かった。

 その後ろ姿を、半ば心配そうな顔で、ベレゼンは見送ってた。



「あんたが倒した迷宮のジジィとは、キエルフの魔法学院の同期でな。あれでも、学生時代はイケメンで、モテモテボーイじゃったんよ。でも、こっぴどい失恋以来、おかしな魔法研究にのめり込んじまってなぁ。俺はいつか神を超えるとかわけのわからん事を言い出して、それを叶えるアミュレットを探し出すことに執心するようになったんじゃ」

「そうなんですか」

「まあ、あいつが失恋した相手ってのが、何を隠そうこのあたしなんだけどね!」

 チェルシーはカラカラと笑い出した。

 この手の老人の大風呂敷は、鳴門山で何度も聞かされた。

 狭いコミュニティにいると、確認しようもないので老人の武勇伝に無限の尾ひれがつく。十人の敵を倒したと言ってた話が、一ヶ月後には百人に増えたりするのはざら。そんな老人たちの大法螺を吹かされて育ったねる子にとって、チェルシーの大げさな過去話を受け止めるくらいは朝飯前だった。

 それでチェルシーはますます気をよくして、二人はすっかり打ち解けていた。


 そういえばあのアミュレットはねる子たちのパーティが持ち帰り、元の持ち主である狂王の手に戻った。

 しかし風の噂では、狂王はアミュレットを素手で触ってしまい、灰になってしまったらしい。

「あのアミュレットには神が込めたとさえ言われる凄まじいパワーが秘められてる。人間が触るとその力が流れ込んできてしまい、身体が耐えきれずに燃え尽きてしまうのじゃ。ジジィいわく、力を絶縁するために魔法銀スリヴァーで作られた道具…例えば手袋などで触れないとならないそうじゃ。ジジィが見つけた書物マニュアルにそう書かれていたそうでのう」

 ねる子はゾッとした。パーティメンバーが銀の小手で掴んだが、首刎ね術クリティカルヒットのため素手だったねる子がうっかり触ったら…。狂王同様に灰になっていたかもしれない。

「その狂王ってのは、アミュレットが戻ってきた喜びで、そこまで気が回らなかったんだろうね」

 チェルシーは大きくため息をついた。

「じゃが、あのジジィが本当に死んだとは思えぬ。今頃蘇って、逆に迷宮をよじ登っているかもしれんね」

「でも私が、間違いなく首を刎ね飛ばしたのですが…」

「最上位の魔導師をナメるんじゃないよ。ワシらはこの世界の法則すら乗り越える。嬢ちゃんが首を刎ねようが、魂を別の器に置いておくことで、肉体を失っても蘇ることができるのさ」

 スピリチュアルな話で理解が追いつかないが、ともかくそういう事らしい。

 チェルシーが喋りまくる中、迷宮内でも彼女が快適に過ごすための道具を収めた大きな背嚢はいのうを背負ったヨシルは、どこか楽しそうな顔をしながら後ろを歩いていた。

 そしてやはり、息は乱れていなかった。



 二刻歩き、マンダリナ川の滝に着いた。

 瀑布の轟音があたりを支配する。

「あれ? 洞穴どうけつがない」

 しかし、昨日ねる子が出てきた崖の穴は消えていた。羨道も崖から消えている。

「そりゃ、裏口とはいえ開けっ放しにはしないだろう。魔法力を感じるよ。あのへんに偽装してるらしいぞい」

 チェルシーがステッキを振るうと、洞穴と羨道が姿を現した。

解呪ディスペルの魔法で消える程度の偽装か。ザナドゥにいる魔導師は、みんなへっぽこじゃのう」

 ザナドゥの魔導師と言われ、ねる子は耶律唯忠理やりつゆたりの事を思い出した。

 途端に敗北感が蘇り、思わず奥歯を噛み締めた。

「どうしました? ねる子ちゃん」

「いえ、なんでもないです」

 唯忠理は恐るべき魔法使いだが、幻術は専門外なのかもしれない。なにより、ザナドゥの魔法使いは彼女一人というわけではないだろう。

 三人は羨道を渡る。滝の裏を通り、崖を登る。途中橋が落ちたところも、ヨシルは重い背嚢を背負ったまま軽々と飛び越えていた。



 洞穴に入って進む。


「やっぱり、ここ、塞がってますね」

そこは、ねる子を阻んだ一方通行の壁だった。

この先に、降りる階段があるはずなのだが…。

「どいてな、嬢ちゃん」

「どうするんですか?」

「どうするもなにも、ぶっ壊すに決まっとるじゃろ」

 後ろに離れていたヨシルが、ニコっと笑いながら手招きした。そこまで下がれということなのだろう。

 ねる子が下がったと同時にチェルシーは短く呪文を唱えた。

 瞬間、爆風と共に壁がくだけた。壁を構成していた石材は、小さな砂礫となって吹き飛んだ。

 破壊魔法ディストラクション。石材や金属といった硬質な物質を爆発で粉々にする呪文だ。

 つまり、この呪文があれば、廊下や玄室の壁を粉砕し、迷宮の形さえ変えられる。  この魔法は、土木工事などでも重宝されている。

 ディストラクションは銀の薔薇シルバーローズとも呼ばれる。壁が砕ける様が、薔薇の花弁が散るようにも見えるかららしい。

「どんなもんだい。あたしにかかれば、こんな壁ないも同然じゃ」

「さすが、おばあさまですわ」

 ねる子は、ヨシルの方に目を向けた。ヨシルは慕うおばあさまの活躍に、嬉しそうに拍手している。

 もしかしたら…。拳で空気を破裂させる衝撃を生み出すヨシルも、この程度の仕掛壁なら殴って壁を壊せてしまえるのではないか。昨夕の戦いを思い出し、ふとねる子は思った。

 岩を砕く術なら、ねる子にも馬小屋流忍術巌崩しいわおくずしがある。だが、これほどの厚さの壁はさすが壊せない。

 ねる子の手刀は剣と同じ斬撃だ。硬い装甲を持つモンスター、特に巌崩しが通じない甲殻を持つ敵や、首のないアンデッド相手には分が悪い。


 だが、ヨシルの拳はねる子の手刀が苦手とする敵をも粉砕する。


 そして、チェルシーの魔法だ。

 つまり、この3人で斬撃と打撃、そして魔法属性の攻撃がカバーできる。


 もしかしたら、最強ではないだろうか。


 そしてこの3人なら、耶律唯忠理を凌げるのではないか。

 そう思うねる子であったが、その希望を捻り潰す事態が直後に起こることになる。


(つづく)




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