第15話 ザナドゥの入口

 ねる子が宿を出た翌日のこと。


 遺跡の中であの借金まみれの戦士、オデンの姿を見た。

 どうやらゴブリンに追われているらしい。


 ねる子を探すよう、宿の主人に依頼されたのだろう。

 考えられることだった。オデンならば宿の主人に世話になっているし、ねる子の捜索を断れない。

 それにしても、たった一日でこの丘にたどり着くとは。夕闇に紛れて行動したつもりだったが、どこかで姿を見られていたのだろうか。

(私もまだまだだ)

 嘆息してオデンの方を見直すと、振り向きざまに、先頭のゴブリンを一匹斬り倒していた。

 助けに入るべきか悩んだが、オデンの技量なら大丈夫に思えた。

 彼は強い。持っている得物もいい。直接戦ったところを見たことはないが、歴戦の戦士がまとう強者つわものの気配が彼にはあった。


 再度遺跡の奥に戻ろうとした時、今度は轟音と共に遺跡全体が激しく揺れ始めた。

 驚いて外を見ると、巨大な石像が建物に体当たりしているではないか。


 あの石像は、確か遺跡の前に築かれた祠に鎮座していたものだ。

 なぜ動いている? なにが起きているのか。


 石像が祠に戻り、夕方になると、オデンがデッテを背負って慌てて丘を降りていった。

 遺跡には誰もいなくなった。

 ねる子は遺跡を出て祠に向かった。


 この祠は調べつくした。しかし、入口につながるような手がかりはなかった。

 なぜこの石像が動いたのだろう。一晩探ってみたが、結局理由は分からなかった。



 翌日。今度は鎖帷子チェインメイルをまとった重装のオデンと、長柄のハンマーを持ち板金鎧プレートメイルを着た男が、あの石像と戦っていた。

 戦いは圧倒的に不利。板金鎧の男は蹴られて宙に舞い、それを助けようとしたオデンの剣も、脚を折るのが精一杯だった。

 石像は、まだ動き続けている。このままでは二人共殺されてしまう。


 さすがに、見殺しにはできない。

 ねる子は遺跡を飛び出し、素早く戦場に駆けつけると、


「馬小屋流忍術! 巌崩いわおくずし」


 巨像の背中に一撃を加え、一瞬にして石像を打ち砕いた。


 その時、ねる子は求めているものがそこにあったことを知った。



 豪帝陵ザナドゥの入口だ。

 まさか巨像の下にあったとは。



 巨像が動き出した理由は分からなかった。同行しているデッテがなにかしたらしいが、遺跡からは死角になっていてよく分からなかった。


 だが、入口が見つかったという結果さえあれば、どうでもいいことだった。


 ようやく、見つけたのだ。ザナドゥの入口を。一族の悲願を。

 この先に、一門再興の鍵がある。


「ねる子さん、ここは一体なんなんだ?」

 オデンが尋ねる。

豪帝陵ごうていりょう、つまり、帝王ゴジャルの墓です」

「ここが…伝説のゴジャールの墓なのか!」

 オデンに同行していた板金鎧の男が驚きの声をあげた。

「まさか、こんなところに、伝説の夏の都ザナドゥがあったとは」

 この男は、どうやら豪舎龍ごじゃるやゴジャル帝国についての知識があるらしい。

「この丘全体が、あなたたちの言う伝説のザナドゥ。つまり帝王ゴジャルのみささぎです。そして我が一族にとっては、呪われた地」


 なぜ呪いなどと言ったのか。


 入口の発見は希望だったはずだ。

 しかしねる子が宝玉を手に入れなくては一門が滅ぶという重圧は、同時にねる子の気持ちを重くしていた。


 ねる子は強い。だが同時に、18歳の乙女であった。誰にも言えない弱気を漏らすこともある。


「入口を見つけてくれて、ありがとうございます。でも皆さんは、ここで引き返してください。ここから先は、一族の問題ですので。あなたたちは、関わらないでください」


 あえて殺気を放った。強者つわものであるオデンなら、言葉以上にねる子の気持ちを理解してくれるはずだ。

 オデンたちに背を向け、ザナドゥの入口へと向かった。


「ねる子さんの目的が何かはしらない。だけど、ここは危険なんだろう? 止めはしないが、せめて手伝わせてくれないか」


 背後からオデンの声。どうやら、ねる子の気持ちは伝わらなかったようだ。

 小さくため息をつき、掌を一閃させた。

 瞬間、オデンが持っていた槌の頭が地面に転がった。


 竜の首すら刎ねるねる子にとっては、この程度造作もないことだった。


「この先は魔物や悪魔が跋扈する地。あなたたちでは力不足です」

 オデンは冒険者の宿アドベンチャーズ・インで、寝食を共にした仲間だった。辛くは当たりたくなかった。強い言葉は使いたくなかった。

 だが、ここまで言わねば、彼はねる子についてくるだろう。

 ねる子は覆面で頭を覆った。あまり、表情を見られたくないと思った。

「これは、私の仕事なんです」

 ねる子はそう言い残すと、一人階段を降りていった。



 長い階段を降りると、驚愕の光景が広がっていた。


 そこは、岩盤のドームの中だった。

 地下であるはずだが、魔法の灯りが灯されていて、視界を確保するのに十分な明るさがあった。

 そしてドーム内の空間は地下とは思えないほど広大だった。

 卵の殻を思わせる天蓋は、丘を覆う土砂の重さを緩和しているのだろう。


 岩肌はところ黒くくすんでおり、一部には溶解した跡があった。

 その理由は、すぐに知ることになる。


 ねる子が降りてきた階段の反対側に、赤い鱗に覆われた巨大な生き物がうずくまっているのが見えた。

 それはねる子の気配を感じると、気だるそうに長い首をもたげ、威嚇するように背中の翼を広げた。

「ドラゴン…! 門番か!」

 そう。それは若いドラゴンであった。

 火炎竜ファイアードラゴン。その名のとおり、岩をも溶かす炎を吐き出す危険なドラゴンだ。

 盗掘者は、絶望するだろう。宝を手に入れる夢を見て踏み込んだ途端に、この危険な竜と相対するのだから。


 しかし、ねる子は違った。ファイアードラゴンなら、魔導師の迷宮や呪われた穴で何度も戦ってきた。

 その首を落とすのは容易なことだ。

 しかし、と思った。

 ここにファイアードラゴンがいることは、ねる子にとって都合がいいことではないだろうか?


 例えばオデン達が諦めずにねる子を追ってきた時、例えば祠の石像がなくなったことで、ザナドゥの伝説を信じた盗掘者が乗り込んできた時。

 この竜は、期待した通りの働きをしてくれるだろう。


 ねる子はこの若い竜を、


「そこをどきなさい」


 ねる子は低い声で告げた。

 と同時に、凄まじいまでの殺気を放った。命令が聞けなければ、即座に殺す。そういう気配であった。


 竜は、明らかにたじろいでいた。

 下等生物である人間ごときに威圧されるはずがないとでも思ったのだろう。

 だが、竜も馬鹿ではない。特にファイアードラゴンほどの上位竜になれば、彼我の力量差を計ることもこともできよう。


 戦意を失った竜は、無関心を装い、再度うずくまった。

 ねる子は何事もなかったかのように、その脇を抜けていった。



 竜の後ろの通路は、すぐに降りる階段へとつながっていた。腰袋に入れていたアミュレットを取り出す。

 これは魔導師の迷宮で手に入れたもので、迷宮内での現在地がわかるものだった。と同時に、ねる子が歩いてきた経路を記録するものであった。

 迷宮探索には欠かせないアイテムである。


 階段を降りると、すぐに扉があった。

 扉を蹴り開け踊りこむと、そこには裾の長い深い紫色の衣装を纏い、さおの先に馬の頭のような装飾がついた、胡弓こきゅうに似た楽器を持った何者か立っていた。

 その衣装は、明領域の北方に住む、契丹きったん人の着るものに似ていた。裾や襟には金糸で縫われた刺繍が入り、この者の身分の高さがうかがわれた。


 胸の部分が大きく膨らんでいるところを見ると、どうやら女性のようだ。

 ねる子のものと同じつややかな黒髪。やはり彼女も東方人なのか。


「狂った石像が壊された気配を感じてみれば、まさか我らの眷属以外の者が夏の都シャングーに踏み込んでこようとはね」

 彼女はまるで、ねる子を値踏みするような視線を送ってきた。

「豪帝陵に住んでいる人ですか」

「その呼び方、遠く東方から来た人間か。ますます珍しい。シャングーへようこそ。遠方からきたお客人」

 穏やかな言葉遣いであったが、決して歓迎されていないのは気配で分かった。言葉もどこか刺々しい。

「君の言う通り、ここはゴジャル様が眠りし夏の都。君は、ここに踏み込んだことで、ゴジャル様の安寧を犯している自覚はあるかな?」

「私は、豪舎龍ごじゃるが蒼き狼から授かった宝玉を求めてここまできました。それをいただけるなら、ここで引き返します」

「無理な相談だね。あの宝玉は、ゴジャル様とともにある。残念ながら、お渡しするわけにはいかないよ」

 それは、想定された答えだった。交渉は決裂した。


「なら、力づくでもいただきます」


 ねる子は体制を低くすると、右手を後ろに引いた。

 女は、やれやれとため息をついた。


「戦う前に名乗りましょう。私は耶律唯忠理やりつゆたり、かつてゴジャル様の元で中書令ちゅうしょれいを務め、また予言をもってゴジャル様の覇業を支えた者」


 そう言ってローブの女、耶律唯忠理は、右手に持っていた琴の弓をかざし、おもむろに琴の弦をかき鳴らした。

 弦の振動が共鳴箱に貼られた山羊の革が震わせ、地下室にチェロにも似た音を響かせた。

「君の技、果たして我が下僕しもべに通用するかな?」

 唯忠理の口角があがった。


 先手必勝、ねる子は床を蹴ると、唯忠理に飛びかかった。


 だが、それはいつの間にか現れた存在によって阻まれた。


 それは人間の背丈を超える大きさの、人骨を寄せ集めて作られたムカデであった。


「まさか…骸蜈蜙サイデル!」

 サイデルは大きく顎を開くと、おもむろに呪文を唱えはじめた。

「いけない…この魔法は…!」

 ねる子はバックステップで距離をあけた。

 サイデルの口から、核熱の呪文ニュークリアブラストが放たれたのは、その直後だった。


(つづく)

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