Ⅲ.冒険者たちの挑戦~戦士オデンの章Ⅱ~
ザナドゥへ導かれし者たち
第23話 かけられた賞金
ニノの声を聞いて部屋に駆け込んできたのは、宿屋の主人とエルフの女だった。
このエルフには見覚えがある。違いがあるとすれば、長い金色の髪を三つ編みにしているところだ。
(
オデンがじっとエルフの顔を見ていると、彼女は微笑みを返した。
「よかった。治癒の魔法なんて、三百年ぶりでしたから…」
エルフは恐縮そうに肩をすくめた。
マルーシャ。確か、そんな名前だった。
「オデン、ファルナさんと、お姉ちゃんにお礼言うんだよ。二人が僧侶魔法で助けてくれたんだから!」
バフッと、オデンを包んでいた羊毛の毛布に上半身を預けた。その顔には、果てしない安堵に満ちていた。
「あ、ああ…。マルーシャさん、ありがとう」
「どういたしまして」
そんな会話をしながら、意識を失う前の事を、おぼろげに思い出してきた。
そうだ。あの日オデンは、デルピュネー大聖堂の前でニノと分かれた後、帰路を急ぐべく裏路地に入ったところで、ソイレと名乗る細剣使いの男と交戦し、腹を刺されたのだった。
その後の記憶は当然ない。
ソイレに倒され、目を閉じる間際、オデンを見つけたデッテの女がなにか言っていたような気がする。
あれは、誰だったのだろうか。
「ファルナさんとイヴァンさんが、オデンをここまで運んでくれたんだよ。で、ファルナさんが応急処置をしてくれたんだ。それで一命は取り留めることができたんだ」
ニノはベッドに上半身を預けたまま、バタバタと両足を交互に上下させながら、オデンが倒れた後の状況を説明してくれた。
オデンは、ニノの顔をじっと見る。
この街のデッテは少ない。ニノのあの女のことを聞けば、分かるだろうか。
「どうしたんだよ、オレの顔見ちゃってさ」
「いや、なんでもない」
なんとなくだが、聞くのがためらわれた。
「次の日、マルーシャお姉ちゃんの復活の儀式をやって、オレがここまで連れてきたんだ。お姉ちゃん、今日まで七日間つきっきりで看病してくれたんだからな」
「ニノちゃんも一緒にね」
ベッドサイドに座っていたマルーシャは、ニコニコしながらニノの頭をなでた。
オデンは絶句した。
「七日だって?」
「そうだよ。全然起きなくて、オレ、ソワソワしてたんだからな」
ニノはムーっとしてたが、それどころではない。
ねる子を探さなければならないのに、七日も寝ていたとは。
「仕方ないですよ。オデンさんは瀕死まで追い込まれていた。少しでも臓器にダメージを受けていれば、死んでもおかしくなかったんです」
七日で目覚めたのは、オデンの鍛えられた身体と体力のおかげだと、マルーシャは続けた。
それでも、ショックと至らなさで、オデンは忸怩たる思いだった。
「ずっと寝てて、腹、減っただろう。パンを焼いたから、下で食べろ、オデン」
主人に促され、オデンは藁敷のベッドを降りた。降りた直後によろけたが、マルーシャとニノに支えられ、転倒は免れた。
「しっかりしろよ。歩けるようになったら、ねる子の捜索を再開してもらうんだからな!」
主人は先に、階下へと降りていった。
宿屋のエントランスの横の広間は、簡易食堂となっていた。
食堂と言っても、宿屋で出せる料理は薄焼きのパンと羊肉と野菜のスープ程度のものだ。本格的な食事は街でしてもらい、ここでは街に出るのは面倒だが朝食は食べたい宿泊客などに料理を提供している。作っているのは、主人の奥さんだ。
硬めのパンをかじりながら、オデンは食堂の壁に掲げられているボードを見た。
そこには大きめの羊皮紙に大きな文字で「冒険者募集」と書かれていた。
オデンは目が良かった。その下に書かれていることも、近づかなくても読むことができた。
「親父、あの張り紙はなんだ?」
食堂のテーブル拭きをしていた主人を呼び寄せ、羊皮紙を指差した。
「読んでの通りだが…なにかおかしなことがあるか?」
主人はバツが悪そうに、目をそらす。
そこには、「宿の娘、馬小屋ねる子を探して連れ帰った者に、謝礼として金貨一万枚とこの宿の宿泊が半額になるモルドールカードを贈呈する」と書かれていたのだ。
「ねる子さんの捜索は俺達の仕事じゃなかったのか」
「そのつもりだったが、ねる子が入ったザナドゥは、危険なところなんだろう? お前も刺されて目を覚まさなかったし、いてもたってもいられなくてな。宿を訪れた連中にも頼もうと思ったんだよ」
なぜザナドゥのことを主人が知ってるんだだと思いつつ、隣の席を見てみると…
「ごめん、オレがしゃべっちゃった」
ニノが舌を出して頭の後ろをかく。
「もちろん、オデンたちがねる子を連れ戻したらここに書かれている賞金は払う。悪く思わないでくれ。俺はねる子が心底心配なんだよ」
主人は申し訳なさそうに頭を下げると、テーブル拭きの仕事に戻った。
オデンは大きく息を吐いた。主人の心配性も極まったものだ。それだけ主人は、ねる子を大切に思っているのだろう。
だが、オデンはそんな主人の心配を取り越し苦労だと思っていた。
(ねる子さんなら心配ない)
オデンは、ハンマーの柄を、手刀から放たれた鋭い風で斬ったねる子の技を思い出していた。
半日ほどエントランスや馬小屋の周りを歩いてリハビリをすると、普段のように歩けるようになった。武装して戦うのはまだ無理だが、街まで歩くくらいはできそうだ。
看病のお礼を兼ねて、ニノとマルーシャにご馳走することになった。
行き先は、はもちろんゲオルギウスの酒場だ。
「オレ、ちょっと行ってくるところがあるから。先に行ってて」
と言って、ニノはデルピュネー街道を東へと走っていった。行き先は分かっているので、そのままマルーシャと先に酒場に向かった。
「あら、オデンさん、もう大丈夫なんですか? 刺されたって聞いたけど…」
看板娘のマリエラが、二人を出迎えてくれた。相変わらず肉感的な女であった。胸元が開いた赤いカートルがよく似合う。
「ああ。彼女のおかげだよ」
マルーシャは微笑むんで会釈をする。その仕草はどこか優雅だった。マリエラはオデンとマルーシャを交互に見ると、ちょっとだけブスッとした顔をして席に案内した。
オデンはビールを、マルーシャは炭酸水を頼んだ。後から知ったのだが、マルーシャは酒が一切飲めないそうだ。
ニノが戻ってくるまで、自分が寝ていた七日間の事を尋ねた。
だが、マルーシャもオデンにつきっきりだったので、宿屋内の事しか分からないらしく、せいぜい宿泊客が急に増えた程度のことしか分からないらしい。
「よお、目を覚ましたようだな。オデン」
「心配したんだからね!」
しばらくすると、ニノと一緒にイヴァンとファルナも酒場にやってきた。
「ブラドヴァも呼びに言ったんだけど、館の人に追い返されちゃってさ…」
「まあ、仕方がない。俺も復活したことだし、一緒に冒険者の宿に住まわせるか」
「それがいいな。
そうこう言ってる間に、料理と酒が運ばれてきた。
「これ、
運ばれてきたのは、川エビに塩をかけて焼いたものと、カパマという野菜と豚肉を煮込んだ料理、そしておなじみの
五人はオデン快復の祝杯をあげ、料理に舌鼓を打つ。
それにしても、とイヴァンが言う。
「随分とにぎやかだな。それに武装している人間が多い。大きな隊商でも街に入ったのか?」
イヴァンはマリエラを呼び止めて尋ねた。
「それが…。どうも、近くでお宝が眠る遺跡が見つかったとかいう話で…」
五人は顔を見合わせた。
「ほら、ザナドゥって聞いたことあるでしょう? ゴジャールの墓。それが、デルピュネーのそばで見つかったんですって。だからうちの店にも」
「マリエラ! 無駄話してないで、早く料理運べ!」
ゲオルギウスの大声が店に響いた。
「ごめんなさいね」
ペコッと頭を下げ、マリエラはカウンターに戻っていった。
「どういうことなんだ? 俺が寝ている間にこんなことになっているなんて」
「私達も、オデンが寝ている間は宿舎泊まりだったから、街がこんなことになってるなんて知らなかったわ」
ファルナが首を横に振り、イヴァンも同意した。
ザナドゥ発見の報が、この街に人を集めるほど広まっているというのか。
オデンは思わずニノをにらみつける。
「お、オレがいったのは、宿屋のおじさんだけだよ! 信じてよ!」
宿屋の張り紙を見て、根無し草がこの街に留まるようになった可能性はある。しかし、あの張り紙だけでここまでザナドゥの話が拡散するだろうか。
「ザナドゥの存在は以前から伝わっていたが、場所が分かったのは俺たちが見つけたときだ。この七日間の話にしては、話の広がりが大きいな…」
「誰かが広めているのか? 俺たち以外が? そんなことをして、なんの得になる?」
得をするのは、大量の宿泊客が訪れることになる宿や、通りにある取引所くらいだ。だが、彼らが積極的に広めている様子もない。せいぜい、宿屋の張り紙を見て街の噂になったくらいで、旅人たちが広めるにしても、こんな短期間でこれほど無頼漢が集まるだろうか。
戻ってきたマリエラによると、今やこの酒場は、そのように集まった無頼漢たちがザナドゥに挑む仲間を探す格好の
「ゲオさんも繁盛してなによりだな」
「そうでもないです。ほんと、トラブルが増えちゃって…」
マリエラが指差した先では、まさに冒険者同士の取っ組み合いの喧嘩が始まろうとしているところだった。
「おじさん、本気でガードマンを雇おうと考えているんです。オデンさん、やってみませんか?」
などと話している間に喧嘩がはじまってしまった。
慌ててマリエラが駆け寄る。
「や、やめてください。喧嘩なら外で」
「うるせぇ! 女は引っ込んでろ」
振り払われた手にマリエルが突き飛ばされ、床に尻もちをついてしまう。
「女性に対しあの態度。許せないですわ」
マルーシャが呟く。エルフ特有の切れ上がった目が、更に鋭くなった。
「お姉ちゃん、放っておけよ」
「いいえ。彼らには罰を受ける必要がありますわ」
ニノの制止も聞かず、マルーシャは席を立つと、なんの躊躇もなく足早に闘争の現場に向かっていく。
「オデン、とめてよ」
ニノがオデンの裾を引っ張る。
「いや、大丈夫だろう…」
マルーシャはマリエラをかばうと、組み合う男たちを引き剥がす。
結果、男たちの怒りの矛先はマルーシャに向いてしまった。
男が唸り声を上げて殴りかかった。しかしマルーシャはサッと身を翻すと、脚を高く振り上げ、男の顎を鋭く蹴り倒した。
鮮やかなハイキックだった。ズンと重い音がして、男の巨体が床に転がった。男は泡を吹いて気絶している。
もうひとりの男は喧嘩相手が一撃で気絶させられたことにおののき、その場に崩れた。
戦いの終わりをつげるように、マルーシャは金色の三つ編みを振り払った。
無頼漢同士の喧嘩を、マルーシャは蹴りひとつで鎮めたのだ。
いつの間にか静寂していた酒場は、大きな拍手に包まれた。
「あれで僧侶だというのだから、恐れ入るな」
イヴァンは手にしてたマグカップのビールを飲み干した。
エルフは文武両道の種族だ。マジックユーザーであっても、最低限の戦闘術を体得している。特に剣や弓は、エルフの得意とするところだ。
だが、僧職であるマルーシャはどちらの武器も禁じられているから、格闘や鈍器での技を習得したのだろう。
マルーシャは何事もなかったような涼しい顔で、席に戻ってきた。
「三百年たって、この国の戦士たちもずいぶん弱くなってしまいましたね」
「あいつらは戦士じゃない。ただのチンピラだ」
ブリンガルの戦士として聞き逃がせない発言ではあったが、しかしマルーシャの体術を見た後では、彼女の嘆息も受け入れざるを得ない。
「蘇ったばかりなのに、体はバッチリ動くんだね、お姉ちゃん」
「ふふふ、ブラン大主教の復活術はスペシャルだからね。すっごく高いって話だけど」
ファルナがクスクスと笑う。
「みんなも、大聖堂のお世話にならないようにね。私も流石に復活の大呪文までは使えないから」
「私もですわ。灰になってもいいというなら、低級の復活呪文ならかけられますが」
「使ったことある? ほんと成功しないよね…」
「私もこれまでで三回しか成功したことないですわ」
そのままファルナとマルーシャは、復活呪文の失敗をテーマに女子トークを始めてしまった。
「そんなに盛り上がるような内容かなぁ…」
失敗して灰になったヤツはどうなったんだろう…などとぼんやり考えている時だった。
「オデン、あいつ」
ニノが再度、オデンの裾を引っ張った。
ニノが指し示したのは、カウンターに寄りかかりジョッキを傾ける細身の男だ。
「あの男がどうしたんだ」
イヴァンもニノが指差す先を見た。
「俺を襲ったヤツだ」
「なんだって」
そう、そこにいたのはソイレだった。
「俺も国境守備隊の人間だ。逮捕権はある。ひっ捕らえようか?」
イヴァンはいきり立つ。酔った勢いもあり、放っておけばソイレに殴りかかりそうだった。それをファルナがなだめる。
「いい。勝手にさせとくさ」
オデンを襲った後もこの街に残っているということは、一仕事終えて次はザナドゥで稼ごうなどと思っているのだろうか。
こんな有象無象が、これからどんどんこの街に集まってくるのだろう。
一攫千金を果たせるザナドゥは、それだけ根無し草たちを引き付ける魅力がある。街の様相も一変するだろう。交易の街として元々雑多なデルピュネーだったが、これからはどうなるのか。
「俺たちも、忙しくなりそうだな」
イヴァンがいうと、ファルナも頷く。
何事もなければよいとは思ったが、そうはいかないだろうと、オデンは無頼漢だらけの酒場を見渡して思った。
(つづく)
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